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横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1537)
今回は、マドモアゼル愛先生のブログ「感情は物質」からお送りします。 すべてのイノチが振動していることの実践と体感ですが、そのためには、自身の体の位置づけがとても重要になります。 身体が自分なのか、意識が自分なのかの、究極の認識です。 私達は、多くの場合、身体が自分だと思って生活していますが、そのことでむしろ体を酷使し、壊したり、弱ったりしていきます。 身体が自分ならば、動かない身体へのいらだちや、老いていく体へのあきらめや憎悪から抜け出すことは容易とはなりません。 しかし、反対に肉体ではなく、意識が自分であるとの認識に立てば、肉体はその従属物にあたる認識が生じます。 身体に私達は命じることも、それを従属物として、いたわり、大切にする姿勢が反対に出て来ることになるわけです。 お腹が空いた、、、、それは確かに脅威かもしれません。 身体が痛い、、、、それは確かに脅威でしょう。 身体が思うように動かない、、、、それは確かに困ったことです。 しかし、意識が自分で身体がその従属物であるとの認識に立てたら、次のように問題が変化します。 私はお腹を空かすことはないが、私の身体はお腹を空かしている、、、 私は痛くはないが、私の体が痛がっている、、、 私は自由に動けるが、私の体は今動けないでいる、、、、 という認識の出現です。こうした認識のもとでは、身体が自身の隷属物であるため、むしろ、いたわり、大切に扱うことが容易となります。 身体が自身であるとしたら、動かないからだ、、疲れる体、、、老いる体に抵抗するすべがなくなります。 身体はあくまで意識に隷属する別物との認識がこれから重要になってくると思います。時代がそこまで要請しているのを感じます。 この認識はそんなに難しいものではありません。なぜなら、意識が自分で肉体が隷属する別物であることは事実だからです。 事実に基づく認識は容易に自身の中に根付きます。 今回の合宿では、身体を震わすことを徹底して行い、エネルギーをふるべによって得ることを体得しました。 その際、ふるべの性質から、より微細なふるべ、すなわち振動が小さい方がより大きく精密な情報をもたらすことを実感できたと思います。 その究極に、私は身体か、それとも意識か、、、があったわけです。 自身が肉体ではなく、意識であるとの地点に立たない限り、肉体や身体を扱えないことを実感できたはずで、より微細な振動は、まさに意識であることを実感されたと思います。 そのため、合宿を終えた皆さんは、全員体が軽くなり、まるで柔らかなマシュマロのような道を歩いているような体感になったのです。全員です。10名が全員、そのような体感を得ました。 それは方法論としての成果の面と、意識と肉体の違いをおぼろげながらでも認識できたからにほかなりません。 私は意識であり、苦しむのは肉体の自分で、私は苦しむことがないのです。 こうした意識に到達することは、一般に考えられているほど難しいものではありません。 合宿では、主に寝るスタイルでふるべ実践を行いましたが、寝ながら振動を与えると気持ち良くなり、終えたのちに立ち上がることに抵抗が出てきます。 しかし、身体が立つのではなく、意識が立つ、、、との考えによれば、簡単に立てるのです。 疲れるのは、私ではなく、私の肉体が疲れているだけなのです。 私の体さん、、、ごめんね、もう少し歩くのよ、、、がまんしてね、、、すぐにお水をあげるからね、、、、 このように、肉体を自身と思わず、自身の管理物であるとの態度でやさしく、いたわり、大切に扱うことで、容易に私達は奇跡的なことを起こせるのです。 合宿はふるべ理論の集大成として、私にとっても非常に意味のあるものとなりました。本当にありがとうございました。 その中で、陥りやすい間違いもわかってきました。感情の扱いです。感情と意識はもちろん異なります。感情を見ている意識は別にありますので、感情は肉体に近い反応です。 というよりも、感情は物質と思った方が分かりやすくなります。感情は物質なのです。食べ物に美味しいものがあったり、まずいものや苦いものがあって困るのと同様、感情にもまずいものや、苦しいものがあるわけです。 感情に従って選択していくと、必ず失敗するのは、おいしい食べ物を食べ過ぎると病気になるようなものです。 感情は物質ですから、それを扱う意識が伴わないと、問題が起きるわけです。 ただし、感情もどこに根差して現れたものであるかが重要で、一概にすべてが物質というわけでもありませんが、苦しい、つらい感情は間違いなく物質なのです。 高度の喜びは意識と同じ地点に立ちますので、主に苦しい感情は物質として扱えば、怖いものは基本的になくなります。 こうした基本的な事柄を、一度私達は整理して考えることが大切であると思います。 きょうからみなさんも、おなかがすいたら、ぜひ、私はお腹がすくことはないが、私の体はお腹が空いている、、、と考え、そのうえで食事されてみてはいかがでしょう。これを続けることで、色々な発見があると思います。 疲れた時も、つらい時も同じ、、、すべては共通した原理なんです。                                                                               わたし(横田)は、脳梗塞(1994年〜)と甲状腺がん(2000年〜)になって肉体は傷んでいるということができます。しかし、わたしの意識はいたって順調で、脳梗塞も甲状腺がんもないのです。医師は、わたしの肉体を検査して脳梗塞と甲状腺がんの医薬品を渡してくれます。それは、肉体の症状に合わせた医薬品です。3ケ月にいっぺん血液検査をやります。その結果を10年分見ますと、肉体はだんだん良くなっているように見えます。そのなかにCRPという血液検査があります。CRP血液検査は、体内に炎症症状を発症すると「発症から2〜3時間」という短時間の間に急激に血中量が増加する特徴を持っております。それが、わたしの場合は0.03〜0.04という数字で、いわば100歳まで生きるというのです。本当はわたしの余命は、去年9月と言われていたのです。顎のリンパ節が腫れているのです。肺にも転移しているのです。肉体は、血液検査で健康なのか傷んでいるのか正直なところわかりませんが、わたしの意識はすこぶる順調です。「私は意識であり、苦しむのは肉体の自分で、私は苦しむことがないのです。」 それは、わたしの意識が「生と死」を超えた大宇宙にあると信じているからです。わたしがあと何年生きるかは、それほど重要ではないからです。
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