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横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1539)
今回は、「2020年人工知能時代の幸せな働き方とは」働きごこち研究所 藤野貴教著からです。 2020年、人工知能は当たり前になる? 人工知能やAIと聞くと、「人間の仕事が奪われる」「失業者が増加する」といったネガティブなイメージを抱く人も多いでしょう。 しかし人工知能やテクノロジーの進化は、人間の仕事を「奪う」のではなく、辛くてつまらない仕事を「代行」してくれるとも言えます。 そのおかげで、人間はより人間らしい仕事に就くことができるようになります。 未来に対して漠然とした不安や危機感を抱いてしまうのは、AIやテクノロジーについて知らない事が多いからです。 自分は理系じゃないし、人工知能とかテクノロジーとか言われてもよくわからない、という人におすすめなのが、2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方です。 人工知能やテクノロジーについて「働き方」という視点から解説し、これから私たちの仕事はどう変わっていくのか、そのために「今」何をすべきなのかという疑問について、真っ正面から答えてくれます。 未来に向けて行動を起こすためには、今起きている変化について「知る」ことが何より重要です。 「今の仕事をどう変化させていけば、人工知能時代に幸せに働けるのか」を学び、そのための準備を始めましょう。 なぜ2020年までに準備するべきなのか? 2020年の東京オリンピックの頃には、人工知能が私たちの生活にとって当たり前のものとなると言います。なぜ2020年なのでしょうか。 それは、2007年に発売された初代iPhoneが、当時は新しいモノ好きの一部ユーザーにしか使われいなかったものの、7年後の2014年には世界中の人々が使うようになっていたように、すべてのテクノロジーは、生まれておよそ5年から7年で人々の生活の当たり前になるという周期があると言われているからです。 AIの急激な進化をもたらした「ディープラーニング」が生まれたのが2013年頃なので、それから7年後の2020年には、今のインターネットやスマホと同じように、私たちにとって「あるのが当然、ない生活は考えられない」ものになっていることが予測される、というわけです。 もやはAIやロボットと一緒に暮らす生活は、近い将来に必ず訪れるものとして向き合い、そのための準備をしなければならない時期にきています。 重要なのは、「テクノロジーによって人の仕事が奪われる」と考えるのではなく、「テクノロジーに代替されない、人にしかできない仕事に、どうやって私たち1人1人の仕事を進化させていくか」を考えることです。 AIに代替されない価値のある仕事とは? AIに代替されない、人にしかできない仕事というのはどういう仕事でしょうか。 それを知るには、「AIの得意なこと・苦手なことは何か?」という視点から人間の価値を考えてみることが重要です。 AIが得意な分野、人間が価値を発揮しやすい分野について、次のマトリクスで解説しています。 細かい説明は本書を読んでいただきたいのですが、このマトリクスの中でAIが得意なのは、言うまでもなく左下の領域です。 つまり論理的・分析的・統計的で、構造的な(マニュアル化されている)仕事をしている人は、「近いうちにAIに代替される可能性が高い」といえます。 今、左下の領域で働いている人は、何らかの要素を付け加えることで、他の3つの領域に仕事を「変化」させていかなければ、いずれAIに代替されてしまうでしょう。 逆にいえば、「AIが苦手な領域」での仕事を増やしていければ、AIに代替されることなく働き続けることができます。 当然、転職というのは手段の一つとしてあります。しかし会社や職を変えなくても、今の仕事のまま、他の領域に変化させることは可能です。 AI時代に向けて、今の仕事をどう変える? 上記マトリクスの中で、最も代替されにくいのは、AIの得意な領域と正反対にある「イノベーター」です。 しかし誰もがいきなり「イノベーター」になれるわけではありません。著者は、いきなり右上の領域を目指すのではなく、今の仕事で • 「より感性的・身体的・直感的になるにはどうすればいいか」 • 「問いを立てるにはどうすればいいか」 を考えた方が、実践的かつ現実的であると勧めています。 では、今の仕事をAIに代替されないものに変えていくためには、具体的に何をすればいいのでしょうか。 以下の4つの職種について、具体的にどのような変化を加えていけば、AIに代替されることのない価値を身につけることができるのかを解説しています。 •  ̄超叛楜匏 • ∪渋し • 5蚕儼 • せ務管理系 端的に言えば、人工知能時代においては、「今までとは反対側にある仕事・事柄」にチャレンジすることが求められます。 営業・販売でいえば、「人と接する」ことの反対にある「データと仲良しになる」仕事。 製造では、「時間を短縮させ効率を上げる」ことの反対にある「感情コミュニケーションの時間を多くとる」という仕事。 技術では、「論理」の反対にある「感性・直感」の能力を活用する仕事。 事務・管理では、「前例踏襲」ではなく「未来志向」、そして「コストセンター」ではなく「プロフィットセンター」になる仕事。 「今までとは反対側の仕事や事柄にチャレンジする」ことで、AIに代替されない、人間にしかできない価値を身につけることができます。 2020年に向けて今すぐ準備しよう。                                               わたし(横田)は、「2020年、人工知能は当たり前になる」に大賛成です。欧米と中国では、「自動運転」や「現金が不要の社会」が当たり前になります。日本では、第一次産業・第二次産業・第三次産業から「人手を徹底的になくす」産業が当たり前になります。日本では例えばアマゾンの無人コンビニが主流になります。それは世界で日本が一番「人手が足りない」からです。日本は、安倍政権がデフレから脱出したと言っていますが、いま世界中が恐慌時代の入り口に陥っています。トヨタやソフトバンクの時価総額が1年後、半分以下になっていると予想します。その中で、新しい潮流がイノベーションを起こし始めています。2020年、人工知能は当たり前になります。それが本当に楽しみです。一方トヨタやソフトバンクのような多くの会社が、20世紀型企業として終わりを迎えます。                                                                         今から、1ケ月夏休みにします。次回は、8月25日(金)から始めます。
| 経済 | 05:05 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1538)
今回は、堀江貴文さんが書いた「多動力」です。                        すべての産業が「水平分業型モデル」となるこれからの時代は、節操もなく動く人が勝者になる。 堀江貴文氏の「多動力」が発売前に2万部の重版が決まり、すでに5万部を突破する、異例の売れ行きとなっている。 あらゆるモノがインターネットにつながることによって出現したのは、全業界のタテの壁が溶けてなくなった、フラットに開かれた社会だ。このかつてない時代では、業界の壁を軽やかに飛び越える「越境者」にこそ、チャンスがあるという。堀江氏は、「1つの仕事をコツコツとやる時代は終わった」と断言する。これまではネガティブにとらえられていた「多動力」こそ、未来の日本人に必須のスキルとなるのだ。   「多動力」とは何か。それは、いくつもの異なることを同時にこなす力のことを言う。 しかし、「多動力」がある人は、次から次に、興味が移り変わってしまい、まったくもって落ち着きがない。モノは忘れるし、なくすし、不注意でケガだってする。やるべきことをしていないのに、やりたいことばかりしてしまう。 「多動力」が仕事に生きる時代へ変わった。 この「多動力」。かつては、マイナスでしかなかったかもしれない。「多動力」を仕事に生かす場面は少なく、おかしな人だと思われていたはずである。しかし、これからの時代は「多動力」こそが最も必要な能力だ。ここでは、その理由を説明する。 IoT(Internet of Things =モノのインターネット)という言葉を最近ニュースでもよく耳にすると思う。これは、ありとあらゆる「モノ」がインターネットにつながっていくことを意味する。 調査会社ガートナーによると、2014年時点でネットにつながっているデバイスの数は38億個。その数が2020年には200億個を超えると予想されている。つまり、テレビなどの家電はもちろん、自動車も、家も、ありとあらゆる「モノ」がインターネットにつながるということだ。 すべての産業が「水平分業型モデル」となり、結果“タテの壁”が溶けていく。 たとえば、テレビとインターネットがつながると、テレビはスマホアプリの1つになり、電話やフェイスブックと同じレイヤーで競争することになる。フジテレビのライバルは日本テレビではなく、恋人からのLINEになるのだ。 また自動車がインターネットにつながり、自動運転が進めば、もはや自動車の形である必要はなくて、ただの移動するイスになるかもしれない。そのとき、自動車業界もインテリア業界もタテの壁はなくなる。あらゆる産業のタテの壁が溶けていけば、今までの経験や肩書きは通用しなくなる。 この、かつてない時代に求められるのは、各業界を軽やかに越えていく「越境者」だ。そして、「越境者」に最も必要な能力が、次から次に自分が好きなことをハシゴしまくる「多動力」なのだ。 学校教育で教え込まれた“洗脳”を解かないといけない 「多動力」を身に付けるには、学校教育から教え込まれてきた、一種の“洗脳”を解かないといけない。 以前、ツイッターで「寿司職人が何年も修業するのはバカ」と投稿したら大炎上した。しかし、僕は未来のある若者が卵焼きを作るのに何年もの無駄な時間を費やすのを見ていられない。 情報伝達手段が限られていた時代には、おいしい酢飯をどうやって作ればいいのか素人にはわからなかったし、魚のうまさを最大限引き出す包丁の使い方はプロのみぞ知る専売特許だった。 貴重な情報を持つ親方に弟子入りし、下積みの苦労にひたすら耐えることでしか、それらの伝統技術や情報を引き継ぐことはかなわなかった。しかし、もはやそんな時代ではない。 現に、大阪の「鮨 千陽」の土田秀信店長は迂遠な修業は積んでいない。専門学校で3カ月寿司作りを学んだだけだ。その「鮨 千陽」が『ミシュランガイド京都・大阪2016』で「ビブグルマン」部門に選ばれた。開店からたった11カ月目の出来事であった。つまり、一流店になるための情報や技術などは専門学校でちゃちゃっと身につけてしまうことができるのだ。 インターネット出現前は特定の人間だけが技術や情報を独占し、それこそが価値だった。 しかし、インターネットの時代では「オープンイノベーション」が前提となる。たとえば、誰かが新しいプログラムコードやツールを作ったのならば、それは公開してしまって、みんなで改良したり、新しい組み合わせを考えたりして、さらに新しいものを作るというのが「オープンイノベーション」だ。 これからは旧態依然とした業界に「オープンイノベーション」の波が来て、情報それ自体の価値はなくなる。 そんな時代には、「石の上で3年我慢できたら次の仕事を教えてやる」などと言う親方のもとで働いていては貴重な時間が失われるだけで、とにかくチャレンジしようという行動力とアイデアを進化させる力が求められる。 あらゆる産業の“タテの壁”が溶けていく時代において、1つの肩書きにこだわっていては、あなたの価値は上がることなく、その他大勢に埋もれてしまう。 いくらでも代わりのいる存在であれば、給料も上がらないだろう。ダイヤモンドがなぜ価値があるか? それは美しいからではなく、珍しいからだ。 レアな存在になることを意識せよ。 複数の肩書きを掛け算することであなたはレアな存在になり、結果的に価値が上がる。 僕の活動や肩書きを思いつくままに列挙するだけでも「実業家×コンサルタント×プログラマー×作家×コメンテーター×クイズタレント×エンターテインメント・プロデューサー×ロケット開発者×飲食店プロデューサー×マンガ事業×オンラインサロン主宰者×アプリプロデューサー×予防医療普及協会×Jリーグアドバイザー×大阪万博特別顧問×映画プロデューサー×服役経験者×……」など、数え切れないほどある。 僕の代わりをしてくれる人はどこにもいない。だからおもしろい仕事があちこちから舞いこむ。「この肩書きで一生食っていく」などと言っている人は、自分で自分のキャパシティを狭めてしまっているだけだと思う。 肩書きが1つしかない名刺なんて、さっさとゴミ箱に捨ててしまおう。 飽きやすいということをネガティブに捉える人もいるが、実は成長が速いということでもある。 どんな分野でも、80点までは簡単にたどり着けても、100点満点を達成するまでには膨大なコストと時間がかかる。80点まではウサギの速さで駆け抜けても、そこから100点に到達するには亀の歩みになってしまう。 たとえばゴルフの平均スコア80を1年で達成できたとしても、平均72になるまでにはさらに10年はかかる。それを達成したところで、プロゴルファーとして活躍できるわけでもないのだが。 僕は80点を取れるようになるとあっさり飽きてしまうことが多い。ある程度ハマれば、大半の知識は得られる。そこから長い年月をかけて100点を取ることに執着せず、次のジャンルへ飛んだほうが、また新たな発見がある。 成長が速かったり、絶えず新しいことを仕掛けている人は、みな「飽きっぽい」。短期間に1つのジャンルにメチャクチャにハマっていたかと思ったら、次に会ったときには全然違うことをやっている。 スティーブ・ジョブズは「点と点をつなげていくと、いつの間にか線ができる」と言ったが、あちこちハマっていくうちに、網の目のように散らばった点と点が思わぬところでつながるのだ。 1度深くまでハマり、あっさりと次へ移る。これからの時代は、そうやって80点取れるものをいくつももっている人が強い。 「石の上にも三年」はもうやめよう。 時代は大きく変わろうというのに、日本人は「石の上にも三年」に代表されるような「1つのことをコツコツとやる」という価値観からまだ脱せられていない。 最近は少しマシになったが、10年前は転職すらも、ネガティブに捉えられていたくらいだ。節操もなく動く人はこの国では尊敬されない。 メジャーリーガーのイチロー選手やサッカーの三浦知良選手のように、日本では1つのことを続けることが美学とされる。一方で、ACミランの本田圭佑選手のように、サッカー選手でありながら、経営をやったり、教育事業を手掛けたりすると、「本業をおろそかにしている」とたちまち批判されてしまう。 別に僕はイチロー選手やカズさんのような生き方を否定する気はない。しかし、繰り返すが、もはや産業ごとの壁がすべて崩壊していくのだ。 そんな時代に、イチロー選手やカズさんのような才能をもたない人が、1つの仕事にとらわれてしまっていては、価値あるものは生み出せなくなっていくだろう。 この『多動力』は渾身の力で書いた。「多動力」を身に付ければ、仕事は楽しくなり、人生は充実すると確信しているからだ。あなたの人生を大きく変えることができれば、これに勝る喜びはない。                                                                                              わたし(横田)は、堀江貴文さんが書いた本「多動力」が好きです。わたしは、堀江さんのように未来型であり、ひとつのことに集中するタイプではないのです。まさに、わたしは「多動力」タイプです。わたしは、10代後半には文学者か批評家にあこがれていたし、20代には演劇に興味を持ち、20代後半にはコンピュータの組み立てとソフトに興味を持ち、同時に経営に強い関心を持ち、「経営とコンピュータ」を社是にした会社を作りました。30代には、その顧客の会社がさまざまで、ひとつひとつの業種業態に興味を持ちました。その1万社以上の会社が、わたしの「多動力」タイプで経営コンサルタントとして大いに活躍しました。40代になると、コンピュータ・ソフトから、情報通信・インターネットへの流れが急激になっていきました。流通のインフラになる情報通信会社を作りました。 ところが、44歳で脳梗塞になり、わずか半年経ったころインターネットは随分先へ進んでいたのです。堀江貴文さんは、現在45歳ですが、これからも「多動力」を活かして頑張ってほしいと思います。
| 経済 | 05:06 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1537)
今回は、マドモアゼル愛先生のブログ「感情は物質」からお送りします。 すべてのイノチが振動していることの実践と体感ですが、そのためには、自身の体の位置づけがとても重要になります。 身体が自分なのか、意識が自分なのかの、究極の認識です。 私達は、多くの場合、身体が自分だと思って生活していますが、そのことでむしろ体を酷使し、壊したり、弱ったりしていきます。 身体が自分ならば、動かない身体へのいらだちや、老いていく体へのあきらめや憎悪から抜け出すことは容易とはなりません。 しかし、反対に肉体ではなく、意識が自分であるとの認識に立てば、肉体はその従属物にあたる認識が生じます。 身体に私達は命じることも、それを従属物として、いたわり、大切にする姿勢が反対に出て来ることになるわけです。 お腹が空いた、、、、それは確かに脅威かもしれません。 身体が痛い、、、、それは確かに脅威でしょう。 身体が思うように動かない、、、、それは確かに困ったことです。 しかし、意識が自分で身体がその従属物であるとの認識に立てたら、次のように問題が変化します。 私はお腹を空かすことはないが、私の身体はお腹を空かしている、、、 私は痛くはないが、私の体が痛がっている、、、 私は自由に動けるが、私の体は今動けないでいる、、、、 という認識の出現です。こうした認識のもとでは、身体が自身の隷属物であるため、むしろ、いたわり、大切に扱うことが容易となります。 身体が自身であるとしたら、動かないからだ、、疲れる体、、、老いる体に抵抗するすべがなくなります。 身体はあくまで意識に隷属する別物との認識がこれから重要になってくると思います。時代がそこまで要請しているのを感じます。 この認識はそんなに難しいものではありません。なぜなら、意識が自分で肉体が隷属する別物であることは事実だからです。 事実に基づく認識は容易に自身の中に根付きます。 今回の合宿では、身体を震わすことを徹底して行い、エネルギーをふるべによって得ることを体得しました。 その際、ふるべの性質から、より微細なふるべ、すなわち振動が小さい方がより大きく精密な情報をもたらすことを実感できたと思います。 その究極に、私は身体か、それとも意識か、、、があったわけです。 自身が肉体ではなく、意識であるとの地点に立たない限り、肉体や身体を扱えないことを実感できたはずで、より微細な振動は、まさに意識であることを実感されたと思います。 そのため、合宿を終えた皆さんは、全員体が軽くなり、まるで柔らかなマシュマロのような道を歩いているような体感になったのです。全員です。10名が全員、そのような体感を得ました。 それは方法論としての成果の面と、意識と肉体の違いをおぼろげながらでも認識できたからにほかなりません。 私は意識であり、苦しむのは肉体の自分で、私は苦しむことがないのです。 こうした意識に到達することは、一般に考えられているほど難しいものではありません。 合宿では、主に寝るスタイルでふるべ実践を行いましたが、寝ながら振動を与えると気持ち良くなり、終えたのちに立ち上がることに抵抗が出てきます。 しかし、身体が立つのではなく、意識が立つ、、、との考えによれば、簡単に立てるのです。 疲れるのは、私ではなく、私の肉体が疲れているだけなのです。 私の体さん、、、ごめんね、もう少し歩くのよ、、、がまんしてね、、、すぐにお水をあげるからね、、、、 このように、肉体を自身と思わず、自身の管理物であるとの態度でやさしく、いたわり、大切に扱うことで、容易に私達は奇跡的なことを起こせるのです。 合宿はふるべ理論の集大成として、私にとっても非常に意味のあるものとなりました。本当にありがとうございました。 その中で、陥りやすい間違いもわかってきました。感情の扱いです。感情と意識はもちろん異なります。感情を見ている意識は別にありますので、感情は肉体に近い反応です。 というよりも、感情は物質と思った方が分かりやすくなります。感情は物質なのです。食べ物に美味しいものがあったり、まずいものや苦いものがあって困るのと同様、感情にもまずいものや、苦しいものがあるわけです。 感情に従って選択していくと、必ず失敗するのは、おいしい食べ物を食べ過ぎると病気になるようなものです。 感情は物質ですから、それを扱う意識が伴わないと、問題が起きるわけです。 ただし、感情もどこに根差して現れたものであるかが重要で、一概にすべてが物質というわけでもありませんが、苦しい、つらい感情は間違いなく物質なのです。 高度の喜びは意識と同じ地点に立ちますので、主に苦しい感情は物質として扱えば、怖いものは基本的になくなります。 こうした基本的な事柄を、一度私達は整理して考えることが大切であると思います。 きょうからみなさんも、おなかがすいたら、ぜひ、私はお腹がすくことはないが、私の体はお腹が空いている、、、と考え、そのうえで食事されてみてはいかがでしょう。これを続けることで、色々な発見があると思います。 疲れた時も、つらい時も同じ、、、すべては共通した原理なんです。                                                                               わたし(横田)は、脳梗塞(1994年〜)と甲状腺がん(2000年〜)になって肉体は傷んでいるということができます。しかし、わたしの意識はいたって順調で、脳梗塞も甲状腺がんもないのです。医師は、わたしの肉体を検査して脳梗塞と甲状腺がんの医薬品を渡してくれます。それは、肉体の症状に合わせた医薬品です。3ケ月にいっぺん血液検査をやります。その結果を10年分見ますと、肉体はだんだん良くなっているように見えます。そのなかにCRPという血液検査があります。CRP血液検査は、体内に炎症症状を発症すると「発症から2〜3時間」という短時間の間に急激に血中量が増加する特徴を持っております。それが、わたしの場合は0.03〜0.04という数字で、いわば100歳まで生きるというのです。本当はわたしの余命は、去年9月と言われていたのです。顎のリンパ節が腫れているのです。肺にも転移しているのです。肉体は、血液検査で健康なのか傷んでいるのか正直なところわかりませんが、わたしの意識はすこぶる順調です。「私は意識であり、苦しむのは肉体の自分で、私は苦しむことがないのです。」 それは、わたしの意識が「生と死」を超えた大宇宙にあると信じているからです。わたしがあと何年生きるかは、それほど重要ではないからです。
| 経済 | 04:06 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1536)
今回は、6月25日の糸井重里氏が書いている「今日のダーリン」からです。                                      ほんとうにたくさんの人が死ぬ。                      生まれる人もたくさんいるのに、                          そのことを忘れそうになる。                            どこかでひとり生まれたからといって、                        だれかが死んでいいということにはならない。                         でも、人はかならず死ぬということについては、                     ひとつの例外もない。                                                                             こんなことを書いているぼくも死ぬし、                         「そうだな、イトイもそのうち死ぬな」                         と読んでいるあなたもやがてはかならず死ぬ。                     そういう意味では、みんなみんなおなじだ。                                                                  お墓の前で泣かないでくださいという歌があった。                                 そこにわたしはいません、ということばが続く。                     あらま、亡くなった人がいない場所で、                         ぼくらは祈ったり泣いたりしてきたのか。                        そう言われても困るとかも思ったし、                           たしかにそうかもしれないとも思う。                                                                      ではどこにいるのかと考えたくもなるのだけれど、                    どこにいようがいるまいが、かまわない。                                                                   その人が生きたせいで、ここにあるもの。                         そいつが、生き続けているのだ。                                                                        こどもがいたら、こどもはまさしくそういう存在だ。                     その人が買ったもの、つくったもの、書いたもの、                     その人が語ったことば、怒ったもの、悲しんだもの、                     その人が抱きしめたもの、その人が育んだもの、                       その人が別れたもの、その人が歩いた道、                          その人が吸った空気、その人が祈ったこと、                         すべて、そのまま、その人が死んだからといって                       いっぺんに消えたわけではない。                              そして、ものも、ことばも、場所も、思いも、                        その人が死んだあとも、続きを生きている。                                                                      それを「あの人は生きている」と、言っていいと思う。                    お墓にいようがいるまいが、どこでも続きをやっている。                   ぼくが死んでも、そうなると思うと、なんだかうれしい。                                                                 今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。                   生きているうちは、じぶんがじぶんの続きをやっている。                                                                わたし(横田)は、「人間が死んだあとのことについて」随分考えてきました。わたしが高校生の時に、わたしの親友が一年間に3人別々に自殺をしました。わたしは、死をどう考えたら良いか、鴎外・漱石・龍之介・太宰治の文学全集を読みました。一方、わたしの友人は、3ケ月間は思い悩んだのですが、すぐに日常に戻っていきました。わたしは一人で「死」について考えました。2年くらい経った時に、「死」だけではなく「生」について、もう一度考え直そうとしました。その時、わたしが購読していた「試行」を出版していた吉本隆明さんに長い手紙を書きました。次に送られてきた「試行」に吉本隆明さんの返事が小さな紙に書いてありました。「十代後半で、友人の日常性と縁を切って、一人で生と死を考えることは貴重なことです。いつかきっと役に立ちます。」 糸井重里氏が、晩年の吉本隆明さんに会った時に、「人とある時出会ったときに、自分が一番身分の低いものとして意識をするように」と言ったのです。これには感動しました。わたしが40歳になったときに、青木盛栄先生と出会いました。青木先生とは3年間しか勉強することができなかったのですが、その間「生と死」について多くのことを学びました。青木先生は、「生と死」は自然界の言葉です。そこにはふつうに「生と死」しか考えていません。そのうえには、大自然の法則があるのです。そこでは「生と死」は、対立するものではなく、見事に融合しています。宇宙も同じです。わたしたちが知っている宇宙よりも、次元が違った「大宇宙の法則」があるのです。わたしは現在66歳ですが、「生と死」が融合するようにもっと勉強しなければなりません。
| 経済 | 04:54 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1535)
今回は、現代新書「未来への年表 人口減少日本でこれから起きること」著者河合雅司からです。                                                       2017年 「おばあちゃん大国」に変化                                    2018年 国立大学が倒産の危機へ                                       2019年 IT技術者が不足し始め、技術大国の地位揺らぐ                            2020年 女性の2人に1人が50歳以上に                                                   2021年 介護離職が大量発生する                                          2022年 「ひとり暮らし社会」が本格化する                                 2023年 企業の人件費がピークを迎え、経営を苦しめる                          2024年 3人に1人が65歳以上の「超・高齢者大国」へ                                    2025年 ついに東京都も人口減少へ                                   2026年 認知症患者が700万人規模に                                    2027年 輸血用血液が不足する                                            2030年 百貨店も銀行も老人ホームも地方から消える                             2033年 全国の住宅の3戸に1戸が空き家になる                                   2039年火葬場が不足                                         2040年自治体の半数が消滅                                      2042年高齢者人口がピークを迎える                                                                                      まさに、日本の少子化は簡単にはとまらず、「静かなる有事」(ゆっくりとではあるが、真綿で首を絞められるように、確実に日本国民1人ひとりの暮らしが蝕まれてゆく)が進行しているというのだ。そして、いま「2025年問題」が喧伝されているが、最大のピンチは、上記の「2042年問題」のときで、現役世代が非常に厳しい状況になると警鐘を鳴らす。 高齢者数がピークを迎え、無年金・低年金の身寄りのない高齢者が街にあふれて、生活保護受給者が激増。国家財政が危機に陥る。 労働力人口が十数年で1000万人も激減する、というのは戦時を超える、人類始まって以来の非常事態で、著者は「静かなる有事」と読んでいるのです。 そして、ここからの現実的な選択肢は、拡大路線でやってきた今までの成功体験と訣別して「戦略的に縮む」、つまりコンパクトな成熟国家へ舵を切ることと説いているのだ。                                                                        わたし(横田)は、拡大路線でやってきた今までの成功体験と決別して、「戦略的に縮む」成熟国家への方向が正解だと思っています。それも、「未来の年表」のように25年後の「高齢者人口がピークを迎える」と考えるのではなく、5年後の人工知能(Deep Learning)の発展は、20世紀の成功体験ではなく、21世紀の成熟国家になるようにしなければなりません。それには、経営者は20代〜30代前半になるように、いわば経営者の全部入れ替えをしなければなりません。成功してきた業種業態別の業界などは、あっという間になくなるのです。今までのように成功体験を追っている経営者は、消えてなくなるでしょう。全く新しい企業が登場してきます。例えば、今のコンビニは、過去の業界になるのです。Amazonが新しい店舗・無店舗として登場してきます。
| 経済 | 04:10 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1534)
今回は、弘中勝さんがブログで書いている発想源「大事なのは今か未来か」からです。 【第4604回】大事なのは今か未来か                                                                         転落する人というのは大抵共通して、 「未来よりも今を見ている人」です。   危機感を持っていないわけでもなく、 「このままではまずいぞ」 「今のままではいずれ、大変なことになる」 ということは分かっているのです。   分かってはいるけれど、何の解決策も考えないし、 何の行動も起こそうとしません。   それは行動力とか実行力とか以前に、 「このままではまずいのは分かっているけれど、 今は何とかなっているしね…」 と、現状を容認してしまっているのです。   今、何とかなっているわけだから、 慌てて改革をしなくてもなんとかなるし、 ぼちぼちやっていこうよ、と考えています。   「未来よりも今を見ている」から、 そういう考え方になってしまうのです。     逆に、危機を乗り越えて改革を果たし 大きな成長を作り出していく人は、 「今よりも未来を見ている人」です。   今、何とかなっているけれども、 「この何とかなっているという生ぬるい状態が 一番危ないんだぞ」 と危機感を持ちます。   将来に危機感を覚えるのは誰でもやりますが、 現状に危機感を持つことができる人は、 意外に少ないのです。   「今、何とかなっているという状態がマズい」 ということに気がついた人は当然、 今の状態を改革します。   すると、「今は何とかなっているのだから そこまでやらなくてもいいじゃないか!」 という反対派が必ず出てきます。   しかし、何としてでも現状を打破しよう という信念がある者が何が何でも実行し、 なんとか改革を果たします。   そして、いざ改革が実現できてみれば、 以前よりもはるかに成長に成功してしまうので、 そういう実現を目にすると反対派の人たちも 「なぜあんなに意固地になってたんだろう」 と不思議に思う人ばかりになります。   実際に成果が形となって現れなければ 「危ない状況だったんだな」 「あのまま行ってたらヤバかったな」 とイメージできない、そんな人が多いのです。     未来のための改革を打ち出す時には必ず、 「それは現状、現実的ではない」 という批判をする反対派が多数現れます。   しかし、改革というものは 現状よりも未来を優先させるべきものであり、 現実的だったことが問題なのですから、 現実的ではないことに挑戦しなければなりません。   「今は現実的ではない」という批判は、 改革に対してはもう既に論点がズレているのです。   そして、そういうことを理論的に攻められると、 「しかし、それで悲しむ家族がいる」などと 感情論でしか反対出来なくなって、 どんどん論理的には破綻してきます。   現状から反対論の根拠を探し出すしかできないので、 全く話のレベルについていけないのです。   でも、そんな論理的には破綻していても、 そんな人が大勢いるから「ほらみんな反対だ」 と数の論理で攻めようとするから、タチが悪い。   そんな「未来よりも今を見ている」人たちが、 未来を創り出す改革を破壊し、 ただ茹でガエルのごとく転落に進んでいくのを 指をくわえて見ているしかなくなってきます。     経営者やクリエイターは、 「今よりも未来を見ている」という視点を 持たなければなりません。   そうしないと、現状を打破するような改革案、 今では考えられないような創作物を 生み出すことは、不可能なのです。   今よりも未来を見ることを 大事にしましょう。                                                                                               わたし(横田)は、弘中さんが書いている『「今よりも未来を見ている」という視点を持たなければなりません。』というのが大好きです。現実の経営者を見ていると、「今は何とかなっているのだからそこまでやらなくてもいいじゃないか!」という反対派がほとんどなのです。わたしは、10年前から大変革の時代がもうすぐ訪れるから、危機から5年前から準備をしておかないと倒産することになると言ってきたのです。今、大変革の時代が訪れてきました。それに気づいていない経営者がまだいるみたいですが、大変革の時代が来たといっても、もうすっかり遅いのです。5年前から準備をしておかないと、経営者としては失格です。これから数年後、20世紀の成長戦略が簡単に崩れて、新しい脱成長戦略が必要になります。脱成長戦略は、近江商人の三方よしの精神であり、売り手よし買い手よし世間よしです。お客様(買い手)に喜んでもらうことはもちろん、社会貢献ができてこそ良い商売であるという考え方であり、社会との関わりを積極的に重視するのです。 近江商人の商売十訓からです。                                     ‐η笋論い琉戞⊃佑琉戮諒仕にして、利益はその当然の報酬なり                      店の大小よりも場所の良否、場所の良否よりも品の如何                          G笋訌阿里世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる                      せ餠發両なきを憂うなかれ、信用の足らざるを憂うべし                          ヌ詰に売るな、客の好むものも売るな、客の為になるものを売れ                     
| 経済 | 04:43 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1533)
今回は、囲碁AI「アルファ碁」を開発したデミス・ハサビス(41歳)についてです。 「アルファ碁」を開発するのは、デミス・ハサビス氏が率いる、イギリスにある Google DeepMind という会社です。元々 DeepMind というスタートアップでしたが、2014年にGoogleがおよそ700億円で買収しました。現在200人程の研究員が人工知能を研究しています。この研究所で、汎用目的で使える機械学習の開発をしています。汎用目的なので、複雑なシステムでも使えるし、加工されてない入力資料から自ら学習していくことも可能です ハサビス氏は1976年にロンドンで生まれます。経歴を見る限り天才ですね。 4歳からチェスを始め、6歳でロンドン U-8大会のチャンピオン、9歳で英国のU-11チームのキャプテンを務めた。13歳で同年代で世界第2位のチェスプレーヤーとなります。 15歳でケンブリッジ大学 コンピューターサイエンス学部の試験に合格。 卒業後、ライオンヘッド・スタジオというゲーム会社へ就職し、1年後にエリクサーを立ち上げて会社は60人のスタッフが働くまでに成長。一定の成功を収めます。 ここからさらなる転機を迎え、認知神経科学の博士号を取るために、ロンドン大学ユニヴァーシティカレッジへ通い、記憶と想像の研究に取り組みます。 彼の論文は2007年に、Science誌が選ぶ10大ブレークスルーに選ばれます。 その後、同大学のギャツビー計算神経科学ユニットで計算神経科学を学びながら、MITとハーバード大学で客員研究員として勤務します。 2011年、ピーター・ティールに筆頭投資家になってもらい、ディープマインドを設立。テスラのイーロン・マスクも出資しています。 囲碁は終局までの手順が複雑なので、チェスや将棋とは違って、まだ人間が有利と言われていました。人間が負けるのに、あと10年はかかると言われていたんですよね。 でも負けちゃいました・・人工知能の進化の速度恐るべし。 終局までの手順は、チェスは10の120乗、将棋は10の220乗、囲碁は10の360乗通りあります。 今までの人工知能は、CPUの計算能力を生かして、ある局面から終局までの手順を計算することによって人間を打ち負かしてきました。チェスや将棋はこの手法で人間に勝ってきたのです。 でも囲碁の手順は複雑なので、今までは計算では追いつきませんでした。 そこで、今回人間に勝利した AI「アルファ碁」は、CPUの処理速度の進歩以外の方法を取ることになります。それがディープラーニングです。 ディープラーニングの特徴は、 • 全ての手順を検討しない • 人間と同じように過去のパターンを学習 これにより、最もいい手を経験から選び出します。 囲碁も勝てなくなると、ゲームにおいて人間は人工知能にかなわないということになります。 • 1997年にチェスの世界王者を破ります。 • その後、2013年に将棋のプロ棋士に勝利しました。 • 今回、2016年に囲碁も人工知能が勝利します。 人工知能は、GoogleやAppleが推し進める自動運転の技術にも使われます。                                                                                                     わたし(横田)は、41歳のハサビスが人工知能に興味をもって、囲碁AI「アルファ碁」を開発したのは、イギリスにある Google DeepMind という会社です。そして2014年にGoogleがおよそ700億円で買収したのです。現在200人程の研究員が人工知能を研究しています 11歳のとき、ゲームをつくるためにコモドール社の「Amiga」を買ったハサビスは、地元の総合大学クライスツ・カレッジ・フィンチリーで初めて人工知能に出合ったのです。「チェスはAmigaに学ばせるには複雑すぎたので、オセロゲームを行う人工知能のプログラムを書いたんです。そいつはぼくの弟を負かしました」 30年前、人工知能に出会い、コモドール社の「Amiga」でオセロゲームの人工知能と弟を対戦させ見事に勝利したのです。 17歳のとき、ハサビスは数百万の販売数を誇る人気ゲーム「テーマパーク」のプログラムを書き、大学の学費を稼ぎながら、「人工知能はこれから劇的に進化する」という考えを強めていったのです。     「人生のなかで、グーグル級の会社をつくることと、究極の人工知能を開発することの両方を行う十分な時間はない、とわかったんです。数十億ドルのビジネスをつくりあげることと、知性を解明すること。将来振り返ってみたときに、どちらがより幸せだったと思えるのだろう? それは簡単な選択でした。」とハサビスは言ったのです。わたしは、イギリスで生まれた「アルファ碁」と、日本で開発した「Deep ZEN Go」が1年後対戦することを願っています。
| 経済 | 04:38 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1532)
今回は、ウィキリークスのジュリアン・アサンジ氏についてです。著者は、「私は東京都内で一人暮らしを満喫している、35歳の女性です。私の得意なことは、英会話です。」ということです。 ジュリアン・アサンジ(Julian Paul Assange, 1971年7月3日生)は、1971年、オーストラリアにある小さな島で生まれました。ヒッピーのような、ボヘミアンのような自由奔放を求めた両親を持ち、その両親がアサンジ氏の幼い頃に離婚してから転居を繰り返すようになります。母親に連れられて引っ越しを繰り返し、転校した数は16才までに37回にもなったということです。当然、そのような状況で、若いジュリアンは友達を作ることはできませんでした。 彼が小学生の時分に、ホームコンピュータの先駆けとなった「コモドール64」を購入してから、バーチャルな世界に身を置くようになります。幼いジュリアンにとって、この小さなコンピュータは、どこへ行こうと自分のそばにいてくれる親友となったのです。この頃から、ジュリアン・アサンジ氏のコンピュータ人生、そして一定の居住地を持たない旅の人生が始まったといえるでしょう。 彼は16歳の誕生日を迎えた時、ついにモデムを手に入れました。時代はまだ80年代終わりで、ホームコンピュータが全く浸透していない頃のことです。これは、彼が初めてネットワークで世界と繋がったことを意味する、人生最初の転機と呼ぶに相応しいでしょう。アサンジ氏には、並外れた知能指数があると言われています。その抜群の頭の回転でコンピュータのシステムを網羅し、やがて天才ハッカーへと変貌を遂げていったのです。ジュリアン・アサンジは、コンピュータサイエンスにおける抜群の感性の鋭さで、瞬く間にハッキングのスキルを独学で身につけていきます。 アサンジは「メンダックス」というニックネームで、ハッキングの世界で知られていきます。最初のハッキングの成功は、オーストラリアの電話会社の「ミネルバ」というシステムへの侵入で、その後は親しい二人のハッカー仲間と共に活動していきます。メンダックスが初めて世界で注目されたのは、1989年、NASA宇宙局システムへ侵入したときのことでした。危険な核物質を11キロも詰め込んだスペースシャトルの打ち上げを妨害したのです。これは、その前に、実際に核物質を積んだスペースシャトルが発射後すぐに分解するという悲惨な事件があり、それが再び起こることを危惧する故の行動でした。つまり、興味本位のハッキングとは異質の、リスクを回避するという純粋な目的があってのことだったのです。アサンジは、ハッキングによって、金儲けをしようとは一度も考えたことはなく、むしろ、ハッキングすることによって得る「情報」の価値と質を重視し、ハッキングで得た情報で正義を実現しようとしていました。世界に衝撃を与えられるような情報で、ということです。この時点で、既にウィキリークス創設への方向性は定まっていた、と言われています。 アサンジ氏には逮捕歴があります。1991年、カナダの電話会社のシステムに侵入していた時、偶然システム管理者に遭遇したことがきっかけで身元が割れたのです。3年の裁判を経て有罪になりましたが、実刑には至りませんでした。しかし、精神的なダメージは相当大きかったといいます。いっときはコンピュータに全く触れることがなかったのですが、気を取り直し、新たな活動に踏み切ります。それが、プロバイダー「サバービア」の立ち上げです。「サバービア」は、競合相手が有料でサービスを提供しているのと相反し、一環して無料でサービスを提供し続けていますが、その場所には、サービス提供開始当初から、いわゆる企業や公機関の「インサイダー」たちから、様々なリーク情報が寄せられるようになります。どこも扱いたがらないような危険な情報を、サバービアは全面的に受け入れました。 そのことで、「ハッキングというリスクを冒して情報を入手するのではなく、情報を手に入れるためには沢山のインサイダーを抱えるほうが効率がいい」ということをアサンジ氏は学びます。「インサイダーを沢山抱えて情報を得る」これは、まさにウィキリークスが現在ある姿です。 アサンジ氏が自身の政治理念や情報公開のやり方を決定づけた人生の転機は、まさにサバービアでの経験そのものでした。アサンジ氏は、数々の政府レベルの機密を得ることで、その後の活動方針を徐々に確立していきます。そして自分の思想を最大限に反映させて活動すべくネットワーク「ウィキリークス」の構想を固めていきました。彼の幼少期を振り返ると、その人生は旅の繰り返しでした。 アサンジは、ウィキリークスでの活動のため、世界各地を放浪し続け、彼のその人生は人々によく「City to city, country to country"(街から街へ、国から国へ)」と表現されます。その中で、沢山のコネクションをつくり、また沢山の協力者を得て、組織作りをしていったのです。多くのハッカーやプログラマーが、彼の政治意識に賛同し、ウィキリークス設立に携わるのですが、その中でも最もアサンジ氏が尊敬し、信頼していたのは、ダニエル・エルズバーグ氏(ベトナム戦争の詳細を内部告発して、戦争を早期終了させた元軍人)です。またウィキリークスのスポークスマンとして活躍したダニエル・D・ベルク(現在はウィキリークスを脱退)は元々会社勤務のプログラマーでしたが、アサンジ氏の活動に賛同し、最終的には自分の勤務先を退職し、ウィキリークスの活動に専念するようになります。 こういった力強い協力者とボランティアに囲まれ、2006年にウィキリークスを設立、ドメイン「wikileaks.org」「wikileaks.info」「wikileaks.cn」も取得し、組織としての活動を開始したのです。現在アサンジ氏は表立ったメディアでの活動は少なくなっています。2010年末に、婦女暴行の容疑でロンドンで逮捕、その後保釈され、現在ではロンドン郊外のとある場所に、身を潜めるようにして生活していると言われています。 2011年1月には元ユリウス・ベア銀行(スイス)のルドルフ・エルマー氏と共に、不正融資、脱税などで得たお金をスイスの銀行口座に隠し持つ顧客のリストが、エルマー氏からアサンジ氏に渡りましたが、それがメディアの前にアサンジ氏が現れた一番最近の映像だと思います。2010年末、アサンジ氏は多くの場所に姿を現し、身の潔白を主張し続けていました。アサンジ氏は、政治理念を決して曲げることがなく、ウィキリークスボランティアとの話し合いにも一切妥協しない人物であると言われ、議論が加熱すると、「ウィキリークスは僕が作ったベイビーで、僕の全てなんだ。僕が全ての決定権を持って何が悪い!?」と感情的になり、わめき散らすといいます。そういう感情の起伏をコントロールできない部分、自分と対立する意見に対して排他的に振舞うところなどが、回りにいる人たちを失意に陥れ、ウィキリークスを去っていく人が後を絶えない状況が続いています。組織として今後運営を続け、業績を出し続けるために、ウィキリークスとアサンジ氏は、今まさに正念場を迎えています。                                                                                        わたし(横田)は、アサンジ氏とは20歳年上なのですが、わたしも27歳のときにホームコンピュータの先駆けとなった「コモドール」を購入したのです。それは、ディスプレイと本体とキーボードが一緒になっているものでした。わたしもそれがきっかけになって、コンピューターの世界に入ったのです。わたしは、「経営とコンピューター」という社是を掲げました。アサンジ氏は、16歳になってモデムを手に入れたのです。「彼が初めてネットワークで世界と繋がったことを意味する、人生最初の転機と呼ぶに相応しいでしょう。アサンジ氏には、並外れた知能指数があると言われています。その抜群の頭の回転でコンピュータのシステムを網羅し、やがて天才ハッカーへと変貌を遂げていったのです。」 アサンジ氏は、もうすぐ46歳になります。アサンジ氏は、世界の善悪をウィキリークスで偉大なる神の使いとして役目を果たしてきました。そして、アサンジ氏は、今まさに正念場を迎えようとしています。ウィキリークスがこのまま神の使いとして役目を果たすことができるかどうかです。
| 経済 | 04:28 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1531)
今回は、LITERA「総理のご意向を文書は本物」からです。 本サイトが報じた通り、今日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が元文科省事務次官・前川喜平氏のインタビューを掲載していた。タイトルは、ずばり〈「『総理のご意向』文書は本物です」文科省前事務次官独占告白〉。 本サイトでは、読売新聞が22日の朝刊で前川氏の「出会い系バー通い」報道が「官邸による加計学園問題の実名告発ツブシの謀略」であることを伝え、さらに官邸が「週刊文春」と「週刊新潮」の両誌にも出会い系バー通い疑惑をリークしたものの、「どちらかの週刊誌が前川氏の言い分を全面的に掲載し、官邸の謀略の動きを暴く」と報じたが、その通りとなったのだ。 「週刊文春」の記事は、文書では見えてこなかった省庁間の子細なやりとりや経緯が前川氏によってあきらかにされており、国家戦略特区による獣医学部新設がいかに加計学園ありきで進められたのかを裏付ける証言になっているという。 「『週刊文春』は、前川氏の告白を6ページにわたって紹介。そのなかで前川氏は、タイトル通り、一連の文科省作成の文書が『本物』であると断言しているのはもちろん、前川氏自身もいくつかの文書を保管していることや、それらを作成した担当セクション名やどういうシチュエーションで前川氏に渡されたのか、さらには『総理のご意向』と内閣府から突きつけられ、プレッシャーを感じたことなどを語っているそうです」(週刊誌関係者) また、前川氏は読売新聞の「出会い系バー通い」疑惑にも言及し、その事実を認めた上で“違法な行為はしていない”と話している、という。 一方、「週刊新潮」のほうは、問題の「出会い系バー」で取材を行い、前川氏の買春疑惑を報道。しかし、決定的な証拠などは書かれておらず、逆に読売の情報元は官邸であり、下半身スキャンダルによって前川氏に報復するとともに、前川氏の実名告白を報じないようマスコミを牽制する目的であったことを報じているという。 「リテラが記事に書いていたように、『週刊新潮』も読売の露骨な記事を見て、官邸の情報にそのまま乗っかることを避けたようですね。あと、前川氏の出会い系バー通いは事実だったようですが、“未成年を買春した”などの違法な話は出てこなかったらしい。これでは記事になりませんからね」(同前) そして、この「週刊文春」の前川氏の告白や、「週刊新潮」の路線転換を受けて、前川氏の実名証言をつぶしていた新聞やテレビの空気も変わりつつある。実はいま、前川氏のもとには新聞、テレビの取材が殺到しているのだという。 前川氏の代理人や知人を通じたアプローチはもちろん、世田谷区の住宅街にある前川氏の自宅に行ってみると、多くの新聞、テレビの記者が入れ替わりやってきて、外出中の前川氏が戻ってこないかチェックしていた。ちなみに、新聞は読売をのぞく全社、テレビもテレビ朝日にTBS、フジテレビが取材に動いているという。 「もちろん、いま、マスコミの目的は読売がやった前川氏の“出会い系バー通い”でなく、文春と同様、『“総理のご意向”文書は本物』と証言してもらおうというものです。NHKやフジテレビなんて、前川氏のインタビューまで収録しながら、官邸の圧力で潰されてますからね。現場には相当不満がたまっている。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』とばかりに、各社が一斉に前川証言を報道する可能性もある」(全国紙政治部記者) しかし、このメディアの動きを官邸が黙って見ているわけがない。「いままで見たことがないくらいの、それは凄まじい発狂ぶり」(官邸担当記者)で、マスコミ各社の上層部から官邸記者にいたるまで恫喝しまくっているという。 しかも、その際、官邸幹部らはこんなセリフをちらつかせているのだという。 「前川がパクられたら、どうするつもりなんだ。犯罪者の証言を垂れ流したことになるぞ」 どうやら官邸は前川氏を口封じにために逮捕するつもりらしいのだ。15年前、検察の裏金を実名告発しようとした三井環大阪高検公安部長(当時)が逮捕されたのと全く同じことが再現されようとしている。 「読売の記事や『週刊新潮』の取材からも出会い系バーの問題では逮捕なんてできそうにないけれど、なりふり構わない安倍官邸のこと、でっち上げでもなんでも仕掛けてくるでしょう。それで、各社とも上層部がまだ首を縦にふらないらしい。前川氏も警戒して弁護士をつけ、一旦、姿を隠してしまった」(文部科学省関係者) 前川氏は不当逮捕されないためにも、むしろ積極的にマスコミの取材に応じるべきだが、問題は新聞・テレビだ。このまま官邸の恫喝に屈するのか、それとも撥ね返すのか。──その結果は明日の新聞や夜のテレビ報道で判明することになるだろうが、このまま官邸の圧力に負けて言いなりになっていいわけがない。 そもそも今回の内部文書の出所は複数あると見られており、今後もどんどん「証拠」が出てくることは必至だ。事実、きょうは民進党が、国家戦略特区諮問会議が獣医学部新設を認めた昨年11月9日の前日に文科省でやりとりされていたメールのコピーを公開。そこには「大臣及び局長より、加計学園からに対して、文科省としては現時点の構想では不十分だと考えている旨早急に厳しく伝えるべき、という指示があった」と記されており、獣医学部の設置条件に合うように文科省が加計学園に“特別な入れ知恵”を行っていたことが判明した。 また、同じく本日、安倍首相に加計学園から金が渡っていたことも発覚。日刊ゲンダイによると、安倍氏は過去に加計学園グループである学校法人広島加計学園の監事を務めており、1999年度分の「所得等報告書」によると、その報酬として14万円ほどを受け取っていたと報じている。 掘れば掘るほど疑惑が山積みとなり、問題が浮き彫りになっていく加計学園問題。そのなかでも、文科省事務次官という官僚のトップとして加計学園の獣医学部新設にかかわってきた前川氏の証言は極めて重要であり、こうした内部告発者に報復がくわえられるようなことは絶対にあってはならないだろう。下劣な官邸に対し、マスコミには徹底抗戦を期待したい。                                                                                         わたし(横田)は、日本の総理大臣安倍首相が官僚を使って、マスコミに圧力を加えているのをどうにも我慢できないのです。いわば不都合な事実や人物は徹底して謀略を仕掛けて潰し、安倍政権の陰湿でグロテスクとしかいいようのないやり口を見ることができます。疑惑をひとつずつ暴いていけば、その蟻の一穴から巨大ば壁が崩れる可能性は十分ありうるのです。安倍首相の次の答弁は決定的です。 「彼(加計理事長)は私の友人ですよ。ですから会食もします。ゴルフもします。でも、彼から私、頼まれたことはありませんよ、この問題について。ですから働きかけてはいません。これ、はっきりと申し上げておきます。働きかけていると言うんであれば、何か確証を示して下さいよ? で、私はね、もし働きかけていたのなら、私、責任取りますよ。当たり前じゃないですか」 そして官邸の圧力に屈しなかった前川氏は、世界的な産業用冷凍冷蔵機器メーカー『前川製作所』の御曹司で、妹は中曽根弘文元外相に嫁いでいます。父親は前川昭一です。当事者の前川喜平さんは、前川製作所顧問で有名な前川正雄さんと伯父に当たります。しかも「官邸のコントロールが利かない人物」(前出の幹部)なのです。これから安倍首相辞任までこの加計学園問題と森友問題を追及しなければなりません。
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横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1530)
今回は、東洋経済に2年前に掲載された野口悠紀雄氏の「安倍政権の本質は、戦時経済への回帰である」からです。 国民生活を守るには、物質的な備えが必要です。そして、その背後にあるのは、産業の生産力です。日本は、戦後の復興と高度成長の過程を通じて生産力を増強し、豊かさを実現してきました。それが実現されたのは、日本人が真剣に働いたからです。 しかし、1980年代頃から、日本人の考え方が変化してきました。株価や地価が上昇すれば、働かなくとも、投機をするだけで巨万の富が得られるという錯覚が生じたのです。 そうした考えがバブルを引き起こしました。日本人は、その考えが間違いだと思い知らされたはずです。 ところが、この数年、そうした考えが再び広がりつつあります。円安によって、企業の利益は労せずして増加しました。それによって株価が上昇し、「何もしなくても、このままで日本経済は回復する」という、根拠のない期待が一般的になりつつあるのです。 なぜ政府が賃上げに介入するのはおかしいのか。 さらに、安倍政権は、「産業力増強という裏づけがなくても、高齢化社会を乗り切れる」という幻想を国民に抱かせています。しかし、高齢化社会を乗り切るためには、生産性の高い新しい産業が日本にも登場することがどうしても必要なのです。 では、安倍政権の経済政策によって、それが実現できるでしょうか? 安倍内閣の経済政策の本質は、国の介入を強める方向のものです。本来は民間企業によって決められるべき賃金決定に介入して、賃上げを図ろうとすらしています。 また、中央銀行の独立性に対して否定的な態度をとり、日本銀行による大量の国債購入を通じて国債市場を支配し、金利を異常に低い水準に押しとどめています。 他方で、自由な市場活動のために不可欠である規制緩和は、ほとんど進捗していません。 このような経済政策では、新しい産業の登場を期待することはできません。なぜなら、新しい産業は、市場の競争によって生まれるものだからです 「政府の指導でなく市場が重要」ということは、アップルやグーグルなど、いまアメリカ経済を牽引している企業が、政府の援助で生まれたものではなく、市場の競争の中から生まれたことを見ても明らかです。 安倍政権はむしろ戦時体制に回帰しているのだ。 ところで、「経済活動に対する政府の関与を強める」という考えは、戦時中に岸信介など「革新官僚」と呼ばれた人々が確立した、戦時経済体制の基本思想と同じものです。 安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を唱えていますが、その経済政策の基本的性格は、「戦時経済体制への回帰」なのです。 しかし、1980年代頃から、基本的条件が大きく変化しました。中国が工業化し、IT(情報通信技術)が発展したために、市場経済の有効性が高まったのです。逆に言えば、40年体制的な経済の有効性が失われたのです。 1980年代後半のバブルは、そうした条件変化にもかかわらず、従来の経済体制を維持しようとしたことの結果であると解釈することができます。1990年代以降の日本経済の長期的停滞も、基本的には、日本人が40年体制的な考え方(大組織依存、政府依存)から抜け出せないためにもたらされているものです。 「政府が経済成長を主導する」という考えは、現代の世界ではアナクロニズムになっているのです。安倍内閣の経済政策に欠けている最大のものは、この歴史認識です。 正しい歴史認識を持ち、40年体制的な考えから脱却することができるかどうか、それが日本の未来を決めるでしょう。                                                                                 わたし(横田)は、野口悠紀雄さんの言う通り、安倍政権が「政府が経済成長を主導する」という歴史認識に真っ向から反対します。安倍政権は「戦後レジームからの脱却」と言っていますが、その基本的性格は、まさしく「戦時経済体制への回帰」なのです。安倍首相は、当初から外交政策を派手にやっていますが、その内訳は大企業の経営者と一緒にセールスをやっているだけです。ところが安倍首相自らが動いても、セールスは成功しないのです。安倍首相が考えている外交と、世界が動いている情勢とは全く歯車が合っていないからです。その上に、自分の権力を使って森友学園と加計学園に便宜を図る行為は、本質的には収賄やあっせん収賄と同じなのです。韓国の朴槿恵前大統領と同様の身内への利益誘導であり、安倍首相には辞任に値する問題です。安倍首相が早く辞めないと、世界で起きている大変革の時代から取り残されそうです。
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