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横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1224)
 

リチャード・バック著『かもめのジョナサン』(新潮社、1974年)

 

この本は、わたし(横田)が20代初めに出版されました。なんと五木寛之が訳しているのです。その五木寛之が訳者であるにもかかわらず『かもめのジョナサン』の後半になって体質的に合わないといっているのです。

 

あらすじです。

カモメのジョナサン・リヴィングストンは、食べることよりも空を飛ぶことに生き甲斐を感じる。群れの他のカモメが食べ物を漁っている間も、より速く飛ぶ方法を研究している。飛ぶことは自由になることであり、それこそが真の生きる意味だとジョナサンは考えているのだ。そんなジョナサンはやがて、規律を乱すとして群れを追放される。ジョナサンはひとりになっても飛行術の修業に明け暮れた。

ある日、輝きを放つ二羽のカモメがあらわれる。そして彼らはジョナサンを「もっと高いところ」(天国、真のふるさと)へと連れて行った。天国でジョナサンはまったく違う飛行法を学んだ。そして彼はついに瞬間移動もできるようになる。真実を見出したジョナサンは、地上にいるカモメに自分の知った真実を少しでも伝えたいという気持ちになっていった。そしてそれは愛の証明だと思えた。

天国から帰ってきたジョナサンは、若いカモメに飛ぶことと飛ぶことの意味を教える。そして教えられることは教えた時点で、フレッチャーというカモメを後継者に任命し、自らはどこか別の場所に行ってしまった。

 

飛行法を会得したジョナサンは「愛」という名の「伝道」をはじめたのです。地上に下りて若いカモメに飛行をすることの意味を説きはじめようとしたのです。この時点でジョナサンは「完全なカモメ」であり、他のカモメよりも数段上の状態ということになっています。ジョナサンは以下のように説いています。

「それは目に見える形をとった、きみたちの思考そのものにすぎない。思考の鎖を断つのだ。そうすれば肉体の鎖も断つことになる・・・」(82頁)

「彼はごく単純なことを話した――つまりカモメにとって飛ぶのは正当なことであり、自由はカモメの本性そのものであり、そしてその自由を邪魔するものは、儀式であれ、迷信であれ、またいかなる形の制約であれ、捨てさるべきである、と」(90頁)

精神の解放を説く、現代神秘主義が使いそうな言葉です。ジョナサンは地上では「神」や「悪魔」として見られたのです。彼自身はそれを否定しますが、どこか神秘主義的な印象はぬぐえないものだったのです。

 

巻末で、訳者の五木寛之自身が本作品の感想を書いているのだが、そこにはこう書かれています。

「私はこの物語が体質的に持っている一種独特の雰囲気がどうも肌に合わない」(108頁)。

彼はその感覚が「高い場所から人びとに何かを呼びかけるような響き」から来ると分析しています。

「それは異端と反逆を讃えているようで実はきわめて伝統的、良識的であり、冒険と自由を求めているようでいて逆に道徳と権威を重んずる感覚である」(108頁)。

五木寛之のこの違和感の理由を考えたのです。

ひとつは上に挙げた神秘主義的雰囲気である。もうひとつは、神秘主義的宗教性とも関わるが、この作品の世界には、食べるか飛ぶかしか許されていないという閉塞感です。

ジョナサンは食べることよりも飛ぶことを重んじたのです。しかし、より高く飛ぶものは天国に行けて、食べることしか考えていないカモメは地上に縛り付けられるという価値観には納得がいかないのです。両方とも生き方としては等価値であり、どちらを選ぶかはカモメの適正や嗜好によると思うからです。

一見、異端と反逆を讃えているようで実はきわめて伝統的、良識的だとこぼす五木寛之の違和感はここに由来するのです。

 

わたしは、神秘性、特に、70年代アメリカ西海岸で流行した精神的な雰囲気を感じたのです。リチャード・バックはカリフォルニア州で育っています。解説には、本書がヒッピーたちの愛読書だったと書いてありました。

さっそく70年代アメリカ西海岸のサブカルチャーをネットで探していると『かもめのジョナサン』が当時の反体制運動と神秘主義の要素を持っていると紹介されているのです。

70年代アメリカ西海岸で起こった現象は、禅、ヨガというような東洋の産物を積極的に受け入れたのです。これは、最初は自己の飛行法の向上だけを目指して天国に行ったジョナサンが、地上でも伝えたいと考えたのと同じだったのです。

 

ところで、ヨーロッパで金融恐慌が吹き荒れています。それが、すぐに世界大恐慌に移り変わります。恐慌に流されない工夫を、今までにやってきた人とやってこなかった人と、大きな隔たりが生まれてきます。

| 経済 | 00:45 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1223)
 

鴨長明1155年〜1216年)の「方丈記」で、元暦大震災(118579日)のことが書いてあります。現代語訳を載せます。東日本大震災の比較ができるほどです。

 

元暦2年に、とてつもない大地震があった。その様子といったら、世の常の様ではない。山は崩れて河川を埋め、海は斜めに押し寄せて陸地を水浸しにした。土は裂けて地中から水が噴き出し、山は崩落して谷間に岩が転げ落ちる。海辺を漕ぎ行く船は波に翻弄され、道端の馬は大地が揺れ動くので地に足がつかない。

京都周辺の至る所で、寺社の御堂も塔も無事だったものは一つとしてない。あるものはぼろぼろに崩れ落ち、あるものはどさっと倒壊した。立ち上る塵や埃の凄まじさは、まるで燃え盛る煙のようだ。

揺れ動く大地や破壊される家屋の音は、さながら雷鳴のようだ。家屋の中にじっとしていれば今にも押しつぶされそうだ。家の外に走って出れば、大地には地割れが走る。

羽もない人間の悲しさ、空を飛ぶこともできない。これが竜ならば、雲に乗ることもできように。恐ろしいものの中でも特に恐るべきなのは、ただもう地震だったのだなあと思い知ったものだった。

 

そんな中、ある武士のたった一人の子で、六〜七才ぐらいの子供が、土塀の屋根になった部分の下をおうちに見立てて子供らしいおままごとをして遊んでいたのが、いきなり崩落して下敷きになり、跡形もないほどぺしゃんこにつぶれてしまって、眼球が両方とも眼窩から大きく押し出されてしまった無惨な姿を、その父と母が抱きかかえて声を惜しまず悲しみ合っていた様子を見て、かわいそうに、と同情させられる場面があった。

我が子の悲しみの前には、勇猛果敢な武士と言えども、人目を恥じることもなくなるものと見えて、気の毒に、無理もないことだと思ったものだ。こんなにもひどい激震は、しばしの後には止まったけれども、余震はしばらくの間絶えることなく続いた。平生ならびっくりするほどの大きな揺れが、一日に二〜三十回ほども来ない日はない。

十〜二十日も経過すると、ようやく余震の間隔は間遠になって、ある日は四〜五度、別の日は二〜三度、あるいは一日おきや二〜三日に一度といった具合で、余震はおおよそ三ヶ月ほども続いたろうか。

 

万物を構成する地・水・火・風の四要素のうち、水・火・風の三つは常に災害を及ぼすものの、大地に関してはさしたる異変を生じることもないのに・・・地震ばかりは違うのだ。その昔、斉衡(854857)の時分とかいう話だが、大地震があって、東大寺の仏様の首がぽろりと落ちるなどという不吉なこともあったが、それでもなお今回の大地震には及ぶべくもないとの話である。

大震災後しばらくの間は、人々はみなこの世のはかなさを口々に述べては、俗世の欲に濁った日頃の心根も少しばかり薄らぐように見えたけれど、月日が重なり、長い年月が経過した後では、あの大震災も現世のはかなさも、言葉に出して言う者の一人もいない・・・世の中なんて、そんなもの、喉元過ぎれば熱さを忘れるのだ。

 

長明が直接体験した五大災害を描写し、この世の無常とはかなさを実証しているのです。

安元三年(1177)四月二十八日:安元の大火

治承四年(1180)四月二十九日:治承の辻風

治承四年(1180)六月:福原遷都(平清盛による)。同年冬に平安京に戻る。

養和元年(1181):養和の飢饉

元暦二年(1185)七月:元暦大地震。(同年三月に壇ノ浦の戦い、平家滅亡)

 

わたし(横田)は、今から826年前に方丈記で元暦大震災について、これほど詳しく現場の状況を書いています。今、気象庁が読んでも、大震災の実際がわかるのです。ところが昨年の東日本大震災では、東京電力が福島第一原発について想定外を繰り返すばかりです。原発問題では、これから先の経済よりも、生きている人々の生命が重要です。地震は天災ですが、原発は人災なのです。国民が原発をどう捉えるかは、次の総選挙の結果に答えがはっきり出ます。

今、世界中で新しい時代への大変化が起きています。わたしは、古い時代(20世紀)から新しい時代(21世紀)へどのように変わっていくかを体験したいと思っています。

| 経済 | 00:41 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1222)
 

2012年アメリカ大統領選挙の予備選挙に出馬したロン・ポール(76歳)が、「世界は米ドルで溢れかえっており、ドル崩壊懸念が招く通貨危機によって、アメリカは先例がないほどの大災害になる」と警告しています。また、米・国土安全保障省傘下の政府機関にいるインサイダーは、「ドル崩壊によってハイパーインフレが起こり、全米で未曾有の大規模暴動が起きる」と言明しています。米・国土安全保障省は、「一般のアメリカ人との戦闘準備をしている」と暴露したのです。

 

国会議員のロン・ポールは、なぜ、連邦準備制度理事会(FRB)の通貨政策が、アメリカ人が、今置かれている危機も含めて、今後、数十年にも及ぶ金融経済恐慌の原因になるのか説明しています。今日の状況は、中央銀行の(印刷しまくって、市中にばら撒かれた)悪銭に依存する連邦準備局、政府、弱肉強食主義の資本家たちのせいであると、彼らは非難の矢面に立たされています。

 

ロン・ポールは、こうした政策によって、私たちの通貨が破壊され、私たちに背負わされた借金が、もはや修復不能になってしまった、と言っています。このことが原因となって2008年の住宅バブルの破裂につながっただけでなく、いつかきっと、より悪い危機につながっていくだろうと言っています。ロン・ポールが、この狂気を止めるために、常識的な取り組みをしている一方で、支配的な権力者たちは、社会の上層部の人々を富ませるためだけに働く戦略と政策を追い求め続けているのです。その傍らで、大衆は、食品とエネルギーのような欠かすことのできない商品の価格が上昇し続けているという、決して看過できない状況と戦い続けているのです。

 

アメリカ国民に背負わされた借金は、もはや返すことができないレベルまで積みあがり、アメリカを偉大にした生産能力は、第三世界や新興市場国で行われているような奴隷的強制低賃金労働にシフトしているのです。

 

ロン・ポールの記事は、フィナンンシャル・タイムズ5月2日に掲載されたものです。

 

金融危機は、世界の中央銀行総裁たちが知的破綻していることを露呈しました。なぜ?

中央銀行総裁たちは、“金利こそが価格である”という事実を顧みないのです。金融緩和や金融引き締めを通じて、金利を操作することが、経済においては実際面で悪影響を持っているのです。その一方で、社会主義と中央集権的計画経済は、そのほとんどが自由市場主義の経済学者たちによって拒絶されています。中央銀行は、市場経済には必要な構成要素である、という「神話」が、未だにまかり通っているからです。こうした経済学者たちは、労働賃金や物価が政府発行法貨によって確定されてしまうと、資本の不足と不適正配分が生み出され、やがては困難を引き起こすことを理解しています。しかし、彼らは、中央銀行というものは、ある特定の商品(つまり金)の供給を決定するだけでなく、金利のサジ加減によって、商品のコストをも決めなければならないものだ、という考えを額面どおりに受け取ってしまうのです。紙幣を無制限に刷ったところで、それが無制限の繁栄に結びつくということではないのです。これは、過去20年間にわたって行われてきた連邦準備局の金融政策を見れば一目瞭然です。

 

中央銀行は、膨大な量のドルを経済に注入してきました。新しく刷った紙幣が(銀行の)貸し出しに拍車をかけ、順繰りに消費を刺激することを期待して、銀行に金を供給し続けてきたのです。これらの介入には、株価を吊り上げ、企業や個人の借り入れコストをより低く抑え、住宅価格を高いまま維持しようという意図が働いています。しかし、今日の連邦準備局は、1930年代に前任者たちが行なったように、あたかも最も高い信用バブルこそが、私たちアメリカ人が立ち戻るべき姿であるかのように振舞っています。これは、富と金の意味を混同し、高い資産価値と、膨大な量の金と信用から繁栄が生まれるのだ、という考え方を映し出しています。

 

わたし(横田)は、アメリカのドルが全世界に無制限にばらまかれ、そのツケがいま起きている金融恐慌でさらにドル安円高になるのは間違いないと思います。しかし、アメリカはあるとき、ドルを新ドル(アメロ)に変える時がきます。新ドルは、アメリカ国内で通用している旧ドルだけを交換するというものです。世界にばらまかれている旧ドルは紙くずになってしまうのです。それは、FRB(米連邦準備制度理事会)が、ヨーロッパでユーロが各国の「元の通貨」に戻るときが最適だと考えているかも知れません。

いずれにせよ、欧米が世界の中心になるのは、もう終わりになるのです。

| 経済 | 00:47 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1221)
 

NHK総合テレビの平日午前645分から、5分間の「まちかど情報室」をやっています。鈴木奈穂子アナと鹿島綾乃アナの掛け合い漫才が面白くて、その時間だけ見ています。あと見ているのは、BS1の世界のニュースです。

424日(火)に「まちかど情報室」を見ていたら、「寝返ると高さが変わる枕」をやっていました。わたし(横田)は、一週間前から「60肩」というか、右肩が痛くて上がらなくなっていました。鍼灸院に行って、マッサージなどをやりましたが、良くなったと思ったら、次の日は右肩と腕が痛くて、シャツを脱ぐのに5分間もかかりました。

「寝返ると高さが変わる枕」を見ていて、これを使ったら肩痛がなくなるという暗示を得たのです。そんなことは、滅多にないのです。早速、ネットで調べたら、静岡県にある株式会社Zが製造販売をしていたのです。Zに電話をして、すぐに枕を手に入れたいと言いましたら、Zでは通信販売しかしていないと言うのです。名古屋には販売しているところがないのです。価格は、22000円余りでした。わたしは、以前から枕には眠りをしっかり取ろうということで、その時の枕はウォーター枕を使っていました。しかし、上向きに寝ている時には良いのですが、横向きに寝返ると肩や腕に負担がかかり、朝起きると肩と腕が痛いのです。

翌日、「寝返ると高さが変わる枕」が宅急便で届きました。説明書を読むと、一日目はそのまま「寝返ると高さが変わる枕」で眠ってくださいと書いてありました。上向きに寝ると、枕が沈むのです。横向きに寝ると、枕が沈まないのです。不思議な枕です。何回やっても、音もなく、そうなるのです。朝起きたら、なんと60肩が見事に治っていたのです。そのかわり首が痛かったのですが、腕はいつもように痛くはなかったのです。首が痛かったのは、上向きに寝ている時に、首がもうすこし低くしたら良かったのです。それで、「寝返ると高さが変わる枕」は「高低」と「沈むスピード」を変えるようにできていますが、「高低」を「低い方」に少しだけ「ロープ」を動かしました。

二日目、首は順調でした。今度は、「沈むスピード」が遅くなった方がよいと思い、ダイヤルを少しだけ遅い方に回しました。そうしたら、「寝返ると高さが変わる枕」を使うとすぐに眠りにつけるのです。それだけではなく、「寝返ると高さが変わる枕」は、その位置が少しも変わらないのです。そのわけは、ベッド(ふとん)と接している面が平らで硬いからです。

 

「寝返ると高さが変わる枕」の説明書からです。

腰痛、肩凝り、いびき等の原因を考える時、寝姿勢と枕の高さがカギとなることは自明でありますが。特に、ほとんどの人が寝やすいとしている仰臥位(仰向き寝)も、長時間同じ寝姿勢を取り続けると、健康には深刻な問題が様々発生します。横向きに寝ると腰痛、肩凝り、いびき、睡眠疲労(寝疲れ)等のリスクが最も少ないことは、人体構造上も明らかでありますが、地球上での睡眠には寝返りは避けられません。

側臥位(横向き寝)、仰臥位(仰向き寝)ともに最適の高さの枕でなければ、理想の睡眠姿勢は得られないことになります。このような背景から、寝返り対応自動昇降枕 Automatic Pillow Z (オートマチックピローZ)は誕生することになりました。

人間が横になって寝る時、仰臥位(仰向き寝)と側臥位(横向き寝)では、枕にかかる頭の重さ (圧力)が変わります(相対的に)。仰向け寝の時、重い頭を支える支点は(テコの原理の支点)、肩甲骨の出っ張った辺りと考えられます。

対して、側臥位(横向き寝)の時の支点は肩のところです。

支点から、作用点の頭までの距離は、明らかに側臥位(横向き寝)の時の方が短くなります。

いわゆる、側臥位(横向き寝)の時に枕にかかる重さ(圧力)は、仰臥位(仰向き寝)の時の重さよりも軽くなります。

この問題を枕に反映出来たら、冒頭に述べた、多くの人々の睡眠時障害の悩みも解消出来る可能性があります。自分でも枕には不満があり、今から30年くらい前から、寝返りしても快適に眠れそうな特徴を謳った枕なら、内外問わず買い漁って試しましたが、ただの一個として寝返りに完全対応した快適な枕は存在しませんでした。

長い枕の歴史の中で、前述の問題が解決されずにきた最大の原因は、仰臥位(仰向き寝)と、側臥位(横向き寝) とでは、肩幅の関係で余りにも大きなギャップ(寝返り差)があり、クッション材等の反発力や、形状を工夫しただけでは、両方の寝姿勢に対応するのは物理的に難しかったからでしょう。

この寝返り差に、寝返りして瞬時に変化対応しない限り、重力の働く地球上で快適な睡眠と、睡眠時における健康の維持は難しいと考え、完全自動で、瞬時に寝返り対応する枕の開発を決意致しました。

時に2003年の秋のことでした。

それから現在まで完全自動昇降枕の研究に没頭して、ついに完成した寝返り対応完全自動昇降枕“Automatic Pillow Z (オートマチックピローZ)”の初期モデルを20071011日号 寝装リビングタイムス紙を通じ、全国に向けて正式発表しました。

それまでの4年間に、試作モデル89台を制作。コンピューター制作の精密モデルを9台、計98台のモデルを製作、テストを繰り返し、世界初の寝返り対応完全自動昇降枕は産声を上げました。それから更に4年研究を重ね、Automatic Pillow Z (オートマチックピローZ)は、世界中のどのような人々の体格にも調整可能な世界初のシステムを搭載して新登場しました。

 

オートマチックピローZのネットです。

http://www.pillow-z.jp/feature.php

それを読むと、イビキ、腰痛、肩痛、首痛になっている人は是非、見て下さいと書いてあります。上向きと横向きでは、頭の高さが自動的に変わるという世界初の枕です。

 

| 経済 | 01:51 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1220)
 

わたし(横田)は、夜中に目覚めてトイレに行ってから、たまたまテレビをつけました。NHK総合テレビで今までにはない若者向けの討論番組をやっていました。

55日(土)午前2:00〜午前4:00、新世代が解く!ニッポンのジレンマ「決められないニッポン〜民主主義の限界〜」です。

 

出演者は以下のメンバーです。

フリーランス…安藤美冬, エコノミスト…飯田泰之, 批評家…宇野常寛, 政治哲学者…小川仁志, 評論家…荻上チキ, 哲学者…萱野稔人, 日本紛争予防センター事務局長…瀬谷ルミ子, 投資家…瀧本哲史, 社会学者・詩人…水無田気流, 日本史研究者…與那覇潤, 【司会】堀潤, 片山千恵子,

 

わたしは、20代、30代の出演者が、堂々と「ニッポンのジレンマ」を話し合う姿には頼もしく思いました。今、政治家、財界人、専門家は、国民から全く相手にされていないということがよくわかります。そしてマスコミ(テレビや大手新聞)も、相手にされていません。それは、ネットで全世界のことを瞬時に見ることができるからです。テレビや新聞はそれより3日後にようやく出てくる世界のニュースもめずらしくありません。まして政治家、財界人、専門家は、ネットの瞬時の世界についていくことができないのです。

 

日本の社会システムは、経済成長を前提とする戦後復興当時にできたものだったのです。本来なら、高度成長時代が終わった頃か冷戦終結の頃にアップデートすべきはずでしたが、未だ対症療法を繰り返しながら使われ続けています。年金や少子高齢化、若年層の雇用問題をはじめ、現在起きている主要な問題は全てそれに起因しているのです。現実に見合ったシステムに作りなおすべきだったのです。

 

そもそも人々のライフスタイルは多様化し、世界は複雑になっています。もはや社会全体で共有する正しさや価値観など存在しえないのです。また経済成長を引き起こすイノベーションは民間の力で勝手に起こるもので、国が見出せるものじゃないのです。むしろ国家は民間(市場)の邪魔をしないことが重要であり、治安維持や社会保障といった最低限の役割を国家は果たすに留まるべきです。これは、小さな政府論論なのです 。国や自治体の政策決定において、国民たちの声が届かないという事が基本的な不満に繋がっています。

 

この番組で世代間格差の問題を正面からとりあげたことが最大の意義だったのです。そして、同じ目線を持つ世代で語り合えたのは新鮮でありました。

一方、政治家、財界人、専門家、マスコミは、自分たちの利権を守ろうとしているのです。それを、政治や経済の問題にすり替えているのです。今や、政治や経済は国民のためではなく、自分たちの利権を守るためにやっているのです。欧米日の中央銀行が、株価を維持するために必死になっていますが、世界の株価はもはや急落するしかないのです。

 

わたしは、「ニッポンのジレンマ」ではなく、世界に目を向けたとき、日本よりさらに厳しい状況であることがわかります。

欧米社会の国民は、1%の金持ちを優遇するのではなく、99%の中流階級以下を救う「変革」を起こそうとしています。欧米社会の国民は、ゼネストなどの反乱を起こしています。このことは、欧米社会だけではなく、世界中の国民も、同じ意識かも知れません。

それは、現実に起こっているヨーロッパの金融恐慌が「変革」の入り口になるに違いありません。先週末から、先物商品市場(原油、金、銀など)は、急落しています。

| 経済 | 02:28 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1219)
 

わたし(横田)は、「金融恐慌に負けない会社を作ろう」の講演をこのブログに書きましたが、ある税理士が講演の内容がとても良かったので、今度講演をやる予定があったら教えてくださいとメールがあったのです。その税理士は積極的な人で、わたしとは3年半のつきあいなのです。しかし、わたしはその税理士がSTRACCF-STRACを「過去会計」で理解していて、「未来会計」にはなっていないと思ったのです。

 

200811月、N県の税理士が名古屋まで来て、四国の公認会計士である川上哲生先生と、わたしのCFSTRACは、経常収支の答えが違うがどういうことなのかと質問を受けました。それは、川上哲生先生の式が、CF-STRACと違って、小数点がカットされているので、計算結果が違うのだと答えました。

それから、西順一郎先生がわたしのCF-STRACを応用して、「人事屋が書いたCFの本」を出版しましたが、わたしのCF-STRACと比べて難しくなっているのはなぜかと聞かれました。わたしは、西順一郎先生が知らず知らずのうちに、CF-STRACを「過去会計」にしてしまったからではないかと答えました。CF-STRACは「未来会計」なのです。

 

経常収支を計算するのに直接法と間接法があります。わたしのCF-STRACは、間接法でやっています。西順一郎先生のCF-STRACは、直接法と間接法の両方をやっています。経営者が「未来会計」で経営計画を立てるのと、税理士が決算書からCF-STRACを組むのとは全く違うのです。経営者は万円単位で経営計画を立てれば良いのに対し、税理士は一桁まで合わないと決算書にならないからです。「人事屋が書いたCFの本」は、西順一郎先生が税理士の先生から指導を受けて完成されました。わたしがCF-STRACを開発したのは、中小企業の経営者として、「資金」が何よりも増して必要であるということを身にしみてわかっていたからです。そして、金融恐慌に直面している今日、「資金」の必要性が「利益」の重要性よりも格段に高くなっているのです。

 

3年半つきあってきた税理士は、そのブログを見ると所得税法とか消費税法とかの講演を聞き、一方、経営戦略とか経営計画を学んでいて、それを実際に経営者のところで話しています。わたしにも契約している税理士がいるのでわかりますが、税理士が言っている経営戦略とか経営計画は、経営者にとって「優れた経営」にはつながらないのです。

それは、会計でいうならば、税理士がやっていることは「過去会計」で、経営者の「未来会計」ではないのです。「優れた経営」は、「未来会計」と直結しているのです。

 

わたしは、その税理士に会った時から、理入行入をしなさいと言ってきたのです。その税理士は、MG(マネジメントゲーム)を2回やっただけで、マスターしたと言っているのです。それを理入といいます。理論だけなのです。行入は、行動(感性)でMG100期やるとわかるというものなのです。その税理士は、理屈をつけて、行入は必要ないと言っているようです。だから、その税理士は未だに「過去会計」から脱皮できないのです。

とは言っても、今までわたしがセミナーで付き合ってきた数十人の税理士は100%が経理型なのです。税理士に営業型は一人もいないのです。

わたしなら、税理士が経営者を「優れた経営」として成功させようとするならば、経理型と営業型を止揚させて、「優れた経営」を新たに作り出すことしかありません。そのためには、まず理入行入をやることなのです。優れた経営者=経理型+営業型なのです。税理士が「先生」として経営者より立派に見せている限り、「優れた経営」を新たに作り出すことはできません。

税理士は、これまで何年もかかって税理士試験に合格しました。しかし、税理士試験には、資金会計がないのです。税理士が理入行入をやって、「優れた経営」感覚を身につけた時、はじめて「過去会計」から脱することができるのです。

「未来会計」の税理士が経営者のところに行って話す内容が、それまでとは全く異なるのです。

 

今から2週間、おやすみします。連休というより、「新たな未来」に向けてじっくり考えたいと思っています。金融恐慌が、今年の5月か8月にはやってきて、それまでの常識が大きくひっくり返るのは間違いないと思っています。

次回は59日(水)からです。

| 経済 | 00:03 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1218)
 

詩人の谷川俊太郎さんのつづきです。

 

<糸井重里>谷川さんのような詩人のなさってることは、まさにそれですね。自分でもよくわからないことを書いてるわけでしょう?

 

<谷川俊太郎>はい。たとえば、書き終えて「えっ、これ俺が書いたの?」ということも何度かある。糸井さんにもそういうとこあるんじゃないの?

 

<糸井重里>ぼくはもう、まさしくそれです。

 

<谷川俊太郎>やっぱり‥‥糸井さん、もしかして、もと詩人。

 

<糸井重里>結局、ぼくは起承転結の人間じゃないので、その意味では、詩の領域の血がまじってるんでしょうね。大事にしてるのは、やっぱり「わからない部分」です。

 

<谷川俊太郎>たぶんそうですよね。そりゃもう、理詰めでできることじゃないもの、「ほぼ日」なんて。

 

<糸井重里>そうですね。

 

<谷川俊太郎>広告業界にいるときには、そういう意識はありました? 「散文」と「詩」というふうに分けるとすると、実用は「散文」の世界ですよね。でもコピーは、どっちかっていうと「詩」のほうに近いんじゃないでしょうか。

 

<糸井重里>役割と、商品としての価値は「散文」に近いものだと思います。「なんぼや、くれ」と言われたものを売ってるわけですから。ただ、効き目は「詩」の側です。

 

<谷川俊太郎>日本人の持ってる詩に対する感性って、やっぱりすごく大きいですね。みんなけっこう詩的なものに敏感です。

 

<糸井重里>もう、敏感ですねぇ。

 

<谷川俊太郎>糸井さんは、コピーの仕事では、これならいけるだろう、なんていうふうに思って書いてらしたんですか?

 

<糸井重里>うーん。これは逆にぼくが谷川さんに訊いてみたいことなんですが‥‥ つまり、どう言ったらいいのかな、どうやら、受け手としての自分というものが、いるんです。書き手なのか受け手なのかわからない状態で「いいぞ!」と、書けた途端に思えてる、というか、書ける直前に思えてる、というか‥‥

 

<谷川俊太郎>ぼくの場合、パソコンの前で詩を書こうと思ってるときは、できるだけ言葉から離れようとしています。自分の潜在意識の中にある、なんかわかんない、もやもやしたものを大事にしていると、ぽこっと言葉が出てくる。そのときは「書き手」なんですよ。だけど、パソコンのディスプレイでそれを見ると、途端に「受け手」になるんですね。

 

<糸井重里>なりますね。それ、瞬間的にそうなるんですよね。

 

<谷川俊太郎>そう、完全に瞬間ですね。受け手と書き手をすごい速さで行き交って、それで、書き手のぼくがフィードバックされたものを直していくという感じがします。

 

わたし(横田)は、詩に対する感性を持とうと、10代の頃、たくさんの詩を書きました。しかし、谷川俊太郎さんのような詩はどうしても書けませんでした。

「パソコンの前で詩を書こうと思ってるときは、できるだけ言葉から離れようとしています。自分の潜在意識の中にある、なんかわかんない、もやもやしたものを大事にしていると、ぽこっと言葉が出てくる。」と谷川俊太郎さんは言っています。10代の頃、わたしが詩を書けなかったのは、感性ではなく、理論で書こうとしていたからです。

| 経済 | 00:33 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1217)
 

詩人の谷川俊太郎が80歳になりました。「ほぼ日刊イトイ新聞」に、「谷川俊太郎、詩人の命がけ」で、糸井重里さんと話しています。

 

<糸井重里>たとえば新幹線や車が取り入れる「流線型」。あれは、科学的にデータを取って形をつくります。ところがむかしの人の考えた流線型というのは、どちらかというとデータを元にしてるんじゃなくて、イラストレーターによって描かれた線でした。それは、ほんとうの流線型としては間違ってるわけです。その間違った思い込みこそが、ぼくらが自然と接したときの感動なんじゃないでしょうか。 ところが、このところ、ぼくらの思い込みが科学の「正しいこと」に負けちゃった。そのことが、どこかでもう一回ぼくらを掘り起こしてるんじゃないでしょうか。

 

<谷川俊太郎>うーん、「正しいこと」ねぇ。なんだかぼくには、21世紀の文明が科学に頼りすぎている印象があります。経済学まで科学に頼って失敗してるわけだけど。

 

<糸井重里>科学というものも、ほんとうはあるジャンルにすぎないのだと思います。たとえばむかしの人は、スポーツを音楽とおなじくアートとしてとらえていたし、科学も錬金術も魔法も、横ならびだったでしょう。

 

<谷川俊太郎>きっとそうでしたね。

 

<糸井重里>出身地はおなじだったのに、知らないうちに枝分かれしちゃった。そして、科学と芸術が「敵味方」のようになっていく。長いこと人類が抱えてた「謎なもの」が、ないことにされていって、それがちょっと癪にさわるというか‥‥

 

<谷川俊太郎>でも科学は科学で、「粒子」とか「波動」なんていって、究極の謎に向かって一所懸命がんばってるでしょ。

 

<糸井重里>なるほどなぁ、そうですね。科学は科学で、どこまでもいくと、カーブを描いてついには宗教のほうにまで戻ってくるのかもしれないですね。

 

<谷川俊太郎>科学が突き進むだけ突き進んだ場合、ついには芸術や宗教のほうに行かないと、解決のしようがないのかもしれないですね。もしかすると、いま、「ダークマター」とか「ダークエネルギー」と呼んでいるものが思いがけない次元で、宗教と結びつくのかも。

 

<糸井重里>昔の人が直感的に知ってたこと、大昔のお経に書いてあったことが、科学が行きつく先に、ほの見えたり。

 

<谷川俊太郎>そうなんでしょうね。そこに行き着くまでの地点にいるわれわれは、むかしの人が直感的にとらえていた能力を失っています。論理的な思考のようなものがいちばんだということになって、直感力をどんどん失ってきてると思うんです。

 

わたし(横田)は、80歳になる谷川俊太郎さんが『科学が突き進むだけ突き進んだ場合、ついには芸術や宗教のほうに行かないと、解決のしようがないのかもしれないですね。もしかすると、いま、「ダークマター」とか「ダークエネルギー」と呼んでいるものが思いがけない次元で、宗教と結びつくのかも。』と言っているのには驚きました。詩人の谷川俊太郎さんは、科学・芸術・宗教の区別がつかなくなっていることがすでにわかっています。科学・芸術・宗教の「新しい時代」が来ているようです。そのためには、論理的な思考ではなく、直感力が大事だと谷川俊太郎さんが言っています。わたしも、大賛成です。

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横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1216)
 

今、日経新聞を読んでいると、ヨーロッパの経済危機はここまで悪くなっていることが想像もつかないと思います。それは、ヨーロッパだけではなく、アメリカや中近東や中国やなんと日本も同じなのです。いつ大恐慌が起きても、不思議ではないのです。しかも、数百年に一度の大変化になりそうです。

 

ヨーロッパの経済危機はますます悪化して最終的に完全な経済崩壊に至るであろう。ヨーロッパの各国政府は持続不能なほどの負債を積み重ねてきた。政府の支出を大幅に削減すれば、経済の停滞を招く。それでヨーロッパの政治家らは、どうしようもなくなっている。彼らは負債を積み重ね続けるわけにはいかないが、支出削減を続ければ景気は低迷し、人々は暴動に走りかねない。ギリシャはその典型である。ギリシャは既にこの緊縮政策の道を何年も辿ってきたが、今や経済恐慌に陥り暴動が日常化しているのだが、財政は一向に改善していない。ユーロ圏の各国は、緊縮財政を開始したばかりであるが、失業率はユーロが導入されて以来最大になっている。10か月連続で上昇し現在は10.8%になっている。残念ながらこの数字は更に上昇する。ヨーロッパの経済が不景気になるので、金融システムにさらなるプレッシャーとなってくる。ヨーロッパの銀行システムはアメリカのそれのほぼ4倍になる。もしもヨーロッパの銀行システムが崩壊すれば、世界中に影響する。次の金融危機の震源地はヨーロッパであり、刻一刻とその危機は迫っている。

 

■ギリシャ

・ギリシャ経済は2011年には6%収縮したが、この5年間継続して収縮している。

2010年の平均失業率は12.5%だったが、2011年には17.3%となり、現在では21.8%となっている。

・青年層の失業率は50%である。

・港湾都市のペラマ市での失業率は60%である。

・経済危機のため小売店の20%が閉店している。

・ギリシャの負債はGDPのほぼ160%である。

・導入された緊縮策は、例えば2010年以来、公務員給与の40%削減など、実に厳しいものがある。

・緊縮策にも拘わらず2012年には赤字額はGDP7%になると予測されている。

・今後もGDPの約800%の一時借入金がまだ必要となる。

・貧困層の中にエイズやマラリアなどの深刻な疾病が再来しつつある。

■スペイン

・スペインの失業率は23.6%である。

・青年層の失業率は現在50%となっている。

・不良債権の合計額はスペインのGDP13%となる。

・スペインのGDP1.4兆ドルほどである。2.7兆ドルほどの資産を保有しているスペインの三大銀行は破綻寸前である。

・住宅価格は2011年で11.2%下落した。

・差し押さえられた資産は2011年で32%上昇した。

・政府の負債額の対GDP比は2012年では11%上昇する見込みである。

・最悪なのはスペインでは70年来の旱魃に見舞われていることである。

■ポルトガル

・ポルトガルでの失業率は15%強である。

・青年層の失業率は35%でる。

・ポルトガルの銀行は3月にヨーロッパ中央銀行から563億ドルを借りた。

2012年にはポルトガルの経済は5.7%収縮すると予測されている。

・ポルトガルの全ての負債(政府、企業、消費者)を合計するとGDPの約360%となる。

■イタリア

・イタリアの青年層の失業率は過去最高の31.9%である。

・イタリアの国債発行額は、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルのそれの合計より約2.7倍大きい。

2012年に借り換えの必要な国債はイタリアのGDP23.1%となる。

・イタリアの国債残高はGDPの約120%である。

現在、世界の主要工業先進国の負債額は55兆ドルになる。このリスク、負債、レバレッジの山はどこかでクラッシュすることになる。それは時間の問題である。

 

わたし(横田)は、世界大恐慌がいつ起きても不思議ではないと思っています。今は、円高か円安か、原油が上がっているのか下がっているのか、毎日の株式指数・コモディティ・国債・通貨をよく見つめています。しかし、「リスク、負債、レバレッジの山はどこかでクラッシュする」のは、「時間の問題」です。

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横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服してなんと神通力が宿った・・・(1215)
 

わたし(横田)は、「金融恐慌に負けない会社を作ろう」という講演で、「中川昌蔵さんの生涯」の話しを再現します。

 

中川昌蔵さんは、1950年代には大阪で「製造は松下幸之助、販売は中川昌蔵だ」と言われていたのです。中川昌蔵さんは、大阪の「中川無線電機」の創業者社長でした。

中川昌蔵さんのプロフィールです。

1914年、大阪市に生まれる。旧制中学卒業後、20歳で単身中国に渡り、天津と北京で電気機器の販売。会社を設立するが、敗戦で全財産を没収される。

1946年から大阪・日本橋で家電量販店を経営。

1979年の大証2部上場を機に代表取締役を辞す。以来精神世界、霊性世界に没入、講演活動を行う。

20028月ご逝去。

 

1974年中川昌蔵さんが)60歳の頃、突然発熱してそれが一週間ほど続き、血便がでるようになりました。開腹手術を2度も受けても原因不明のまま、とうとう臨終を迎えました。「ご臨終です」という医師の声が聞こえ、目を開けても真っ暗で何も見えなくなり、次に家族の人たちが葬儀の相談をする声が聞こえました。

「それからどれぐらい時間が経ったかわかりませんが、次に私が聞いたのは四次元世界の声でした。二、三人いるようですが、そのうちの一人が『この者の命は終わった』と言いました。すると別の声で『ちょっと待ってほしい。この者にはまだ使命が残っているから、今死なすわけには行かない』といい、それから何か、互いに意見を言い合っている声が聞こえました。『まだ使命が残っている』という声を聞いて、私は『ああ、そうだ。すっかり忘れていた』と魂の記憶が思い出したのです。私の魂は人々に大自然の法則を教え、各自の魂の向上をはかることを教える使命と目的をもって地上に転生輪廻して来たのに、60年間、事業と仕事に没頭して、本来の目的をすっかり忘れていたのです。このまま生命を失い、何も使命を果たさず霊界に帰ることを考えたとき、身体がブルブル震え、私は跳ね起きました。死を目前にして、やっと本来の使命を思い出し、目覚めました。不思議なことに、目覚めてから病気の症状が全くなくなり、一か月後、原因不明のまま退院しました」

 

わたし(横田)は、20024月に大阪の中川昌蔵さんの自宅へ行ったのです。その時、中川昌蔵さんは、「もう講演会はしない」と言っていたのです。中川昌蔵さんは、自分の亡くなる時期がわかっていたのです。

 

中川昌蔵さんが、2001年に名古屋でやった講演で「GDPの話し」をしました。

GDPの対前年増加率を表した表です。

<暦年><対前年     <中川昌蔵さん>

増加率>      株式評価

1956年  4.7%           

1960年  7.4%

1965年  5.3%

1970年  6.9% GDP 3%以上  ○

1975年  7.2%

1980年  5.4%

1985年  1.0% GDP 03%未満 △

1990年  2.3%

1995 0.5%

2000 1.7% GDP マイナス ✕

2005 1.2%

2010 2.1%

 

1980年までは、GDP3%以上あります。

1985年〜1990年までは、GDP03%未満です。

1995年〜2010年までは、GDPがマイナスです。

 

中川昌蔵さんが言うには、GDP3%以上あれば、素人が株式を買っても7割くらいは儲かる。GDP03%未満であれば、玄人が株式を買っても7割くらいは儲かる。GDPが゙マイナスであれば、玄人が株式を買ってもほとんど儲からない、と言っているのです。

 

中小企業の経営者は、GDP3%以上の感覚で未だに経営をしているのです。資金が必要になれば、銀行から借入金を増やせば良いと考えているのです。しかし、今は17年以上もGDPがマイナスなのです。「金融恐慌に負けない会社」を作らないと、大企業はもちろんですが、中小企業のほとんどは恐慌で流されてしまうのです。

ところで、金融恐慌はいつ起きるのでしょうか? わたしの個人的な意見ですが、3月までに起きる可能性が95%と言ってきましたが、次は5月に起きるか、最終的には8月までに金融恐慌が起きる可能性が99%あります。

恐慌で流されない会社を作らないと、「社員を幸福」にするどころか「社員を不幸」にしてしまうのです。

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