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横田眞の脳梗塞と甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1549)

明けましておめでとうございます。

わたしは、新年になってネットや新聞の記事が

随分変わってきているのを感じます。

人工知能・IoT・フィンテックが、わたしたちの

常識を超えて全く新しい世界がやってくるという

のです。わたしはこれらの意見に大賛成です。

人工知能・IoT・フィンテックは、個人が地球の

あらゆるものと直接結びつく世界がやってくる

のです。一方、今までは国とか企業が中心に

なって、下位に個人とか団体が交わってきたの

です。国と企業がピラミッドの頂点にいて、

個人とか団体が底辺にいたのです。

ところが個人と世界が直接結びつくのは、人類の

歴史で初めてのことです。これからは、国とか

企業がピラミッドの中心にいなくても良いことに

なります。わたしたちはこれから地方だけでできる

商品サービスを流通を通じて世界の個人へ送ること

になります。本当に今までの常識を超えて新しい

世界がやってきたのです。これから5年~10年間が

楽しみです。


| 経済 | 16:01 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞と甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1548)

わたし(横田)は、すこぶる元気です。余命が末期がんで3ケ月から半年と言っていたがん専門医が、失血死の心配はなくなってからはもう余命のことは言わなくなりました。脳梗塞をやって22年間、甲状腺がんからは17年間経ちました。脳梗塞も甲状腺がんも、治療を一切拒否してきました。がんになったら、手術・放射線治療・抗がん剤をやるのががん専門医から言って当たり前なのですが、手術は1年以上体内の免疫療法が完全にストップしてしまいますし、放射線治療と抗がん剤は3ケ月から半年効果があればがん専門医は成功だと主張します。しかし、半年以上経って体内の他の場所にがんが転移をしたら、がん専門医は入院を半強制的に勧めます。このようなことを繰り返して、5年で余命の終焉を迎えます。本当に転移をしたがん患者は、そのことを真剣に考えて欲しいのです。自分の生命は、自分で決めるしか方法はないのです。がん専門医に決めさせるわけには行かないのです。話は変わって政治経済のことですが、政府は景気が回復していると言っていますが、街中では不景気の嵐が吹いています。今、世界中のどこかの国が5%以上株価が下落したら、1日で世界の株価が下落します。それは、ひょっとしたら中国かもしれません。要注意です。そうなった時には、97年と同じように日経平均は半値8掛け2割引になって、5千円くらいに落ち着きそうです。それがいつ来るかは、誰にもわかりません。しかし、来年の3月までには来そうです。今年は、今日で最後です。来年からは、月に2回ぐらいはブログを書きたいと思っています。どうぞ、良いお年をお迎えください。




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| 病気 | 10:28 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞と甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1547)

入院して3週目に、食欲不振に陥ったのです。わたし(横田)は、止血を目的に入院したのですが、腫瘍がかさぶたになってその隅っこからリンパ液が出ていたのです。それが、止まらないのです。医師からは、放射線を当てるしか止血の方法はないと言われました。わたしは、手術、放射線治療、抗がん剤は絶対に反対だと言ってきたのです。しかし止血をするために、放射線治療を受け入れることになりました。放射線治療は、かさぶたを照射するのですが、角度により食道に当たってしまうのです。それで食欲不振に陥ったのです。照射時間は13秒ですが、食道には物凄いショックを与えていました。もう1カ所あって、それは首の骨に照射します。照射時間は3秒ですが、飲み込みするところを通して、首の骨に照射するのです。飲み込みが急に難しくなりました。2週間で10回の放射線治療です。唾を飲み込むことができなくなったのです。医師は、鼻から溶かした食品を入れるしかないと言いました。わたしは、反対しました。点滴をやってくださいと言いました。脳梗塞で唾も飲み込めないほどになっているので、至急点滴をやってくださいと言いました。それで点滴をはじめたのです。ところが、食料を何も取らないで点滴だけだと、体重がみるみる落ちて、50kgを大幅に切って45kgから43kgちょっとになりました。それは、2ケ月間続きました。丁度その頃かさぶたからリンパ液が出なくなったのです。今度は放射線治療を終わって一週間経った頃、脱毛が激しくなりました。脱毛は頭に手を出すだけで、20本ほど落ちます。わたしは、このままだと丸坊主になることを心配しました。結局、脱毛は全体の4分の1以下に抑えて止まりました。止血が終わって次の病院へ移ることになったのです。他の患者を見ていると、医師の指示通りにみんな動いています。ほとんどの人が、がんが転移して治療をしていますが、治療がなくなったら緩和病棟で最期を迎えます。よく医師の言う通りにしていると不思議です。わたしは、医師の言うことに関してyesとnoを明確にしています。そうしないと脳梗塞から22年間、甲状腺がんから17年間、生きてはいられなかったと思います。普通は、がんで入院して、転移が見つかり、5年で最期を迎えます。わたしは、もうあと10年は世界と日本をよく見ておきたいと考えているからです。それは、明治維新以後日本や世界に大変革の時代だからです。もうその時代は始まっています。


(つづく)!




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| 病気 | 11:19 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1546))

わたし(横田)は、入院して一週間経って面白いことがありました。愛知県立総合看護専門学校の生徒が実習にきたのです。わたしは、その一人が2週間のうち、8日間一緒にいることになったのです。その女性は20歳で、名古屋市郊外に住んでいます。話を聞いていると、その女性は、単車のスズキ400ccアメリカンに乗っていました。身長は160cmで、400ccのバイクに乗っていることが信じられないほどでした。わたしは、高校の時に無免許で学校のなかを走っていましたが、当時250ccのバイクはエンジンをかけても、走ることはしませんた。怖かったのです。それを、20歳の女性が400ccのバイクに乗って、土日は遠出をしています。それも、排気音がわざと聞こえるように改造しているということでした。本当に驚きました。8日間、わたしはこれから先5年~10年の間に起こることを話していました。5年以内に、資産家と呼ばれていた人たちが、資産どころか負債で首が回らなくなります。それはお金が貯まっていたのに、貯金どころか、大幅な借金だらけになるのです。そして多くの資産家が結局破産することになるのです。本当に信じられないことです。20年前の97年に日本長期信用銀行、日本債権銀行、山一証券、北海道拓殖銀行が破綻しました。当時の大蔵省(今の財務省)は護送船団方式と言って、金融機関は一つも潰さないと言ってきました。ところが4つの大手を破綻させ、残った金融機関は合併とリストラの繰り返しを余儀なくさせたのです。89年には株価は4万円近くまで行きましたが、97年には8000円まで下がったのです。よくバブル破綻後の最低価格は半値8掛け5割引と言いますが、まさに当てはまったのです。金融機関は融資会社の担保に不動産や株式にしましたが、それが全く崩壊したのです。一方一般の人は、そのまま変わらぬ世の中を求めています。現在と未来の秒針が止まったままで、永遠に変わらぬと思っているのです。明治以来の英米の植民地政策が、去年1年の間に正反対の英米自国優先になったのです。明治維新以来の大変革がやってきたのです。遅くとも、東京オリンピックの年までに株・債権・不動産が大暴落します。これは世界中各国で起きます。今回は、20年前と違って政府の金庫にお金がないのです。2008年からの金融緩和で政府の借金は1000兆円を軽く超えているのです。安倍政権と黒田日銀総裁は、国債などで日本のGNPの2倍を超える借金を背負ったのです。政府と日銀は返せなくなった借金をどうするつもりでしょうか。日本は世界各国に援助しているので、それとの比較でまだ大丈夫だと考えているのでしょうか。しかし、世界各国の政府の金庫にはお金がないのです。安倍政権と黒田日銀総裁はここまでにした大きな責任を果たさなくてはなりません。株価も不動産の高い価格も、二人がやってきた国の借金のせいなのです。株価と不動産の高い価格が、順調な景気と錯覚しているのです。それが今崩壊の序の口にいるのです。政府は景気が回復していると言っていますが、実際は街中は不景気の真っ只中にいます。わたしは自民党が姿を消して、3年後までに新たに第3勢力が政権を取るように思います。その女性が30歳になる10年後には、今と違う社会がやってきます。ピラミッド社会が一挙に崩れて、すべての人が平等になる社会が思いのほか早くやってきそうです。そうなる日を楽しみにしてくださいと女性に言いました。8日目の最後の時に、わたしの右手で握手をすることになりました。22年前、右手は脳梗塞で内側に曲がっているのを、四六時中3ケ月間かかって右手を開くようにしたのです。1年ほど経った時に、右手は圧力計で20kgありました。女性は、圧力計で30kgでした。わたしが、思い切り右手に力を入れました。女性の右手が少し内側に曲がるようになったのです。女性には、本当に申し訳ないことをしました。8日間でしたが、思いのほか充実していました。(つづく)




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| 病気 | 10:45 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1545)

わたし(横田)は、2年前は八事日赤の医師からはもう1年の余命ですと言われていました。今度入院した医師からは末期がんで3ケ月~6ケ月の余命ですと言われています。わたしは、脳梗塞は22年間、甲状腺がんは17年間、治療を何もしてきてません。医師は、治療を一切拒否してきた患者に、余命を言うことはできなかったのです。それは、治療を拒否してきた患者に余命を言うことはできるはずもないからです。だから、余命を言う時には治療をしてきた患者と同じように言うしかないのです。治療してきた患者は、手術、放射線治療、抗がん剤治療をやってきたのです。その患者は、5年を目処に死を迎えます。しかし、わたしはその患者と全く違うのです。わたしは、手術、放射線治療、抗がん剤を最初から拒否してきたのです。入院して1日目夜、わたしは頭ががんがんとして医薬品を10数種類飲みました。2日目、3日目も同じでした。3日目夜、わたしは寝ることができず、看護師について、同じ階にある応援セットがあるところへ行きました。立っていても、横になっても、頭ががんがんするのは治らないのです。1週間経って、医師が病院と自宅で違うところはないかと尋ねました。自宅では、熟睡しているのです。そこで枕があったのです。その枕は、6年前にNHKニュースで静岡のメーカーで、枕を作っていて、世界中の病院で使われているということでした。その枕をさっそく買いました。3万5千円でした。その枕は、寝ている時に真正面を向く時と、横に向く時と、背骨の高さが変わります。それを医師にいったら、自宅からその枕を持ってくるように言われました。その枕を使うと、熟睡できたのです。医薬品も10数種類入らなくなりました。しかし、その医薬品は副作用(毒)があって、便秘になったのです。それが1週間続きました。(つづく)

| 病気 | 10:35 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1544)

お久しぶりです。わたし(横田)は、9月20日から入院しています。八事日赤で、治療はできないと言われ、別の病院に入院しました。右首筋に腫れものが2年間できていまして、そこから3回出血したのです。「失血死」の恐れがあると言われ、わたしは医師に、「止血をしてください。」と言いました。脳梗塞は22年間、甲状腺がんは17年間経っています。脳梗塞は、手術しないとあと3年以内の余命ですと言われました。甲状腺がんは手術をしないと、5年以内の余命ですと言われました。わたしは、手術、放射線治療、抗がん剤治療は絶対にやらないと決めていたのです。手術、放射線治療、抗がん剤治療をやれば、本当に5年以内の余命になっているのです。わたしは、医師に脳梗塞や甲状腺がんは、肺とか首筋の骨に転移していることは、2年前の八事日赤で知っていました。しかし、甲状腺がんは進行が遅いのです。肺や首筋の骨は、わたしの生活に影響はないのです。「失血死」が起こる理由は、簡単です。脳梗塞は「血液をサラサラにする」錠剤を飲んでいたのです。一方、「失血死」は血液を早く止めないとダメです。医師は、脳梗塞の錠剤「アスピリン」を止めました。以来、「失血死」は起きていません。医師は、末期がんで3ケ月から6ケ月の余命ですと言いました。わたしは、それはおかしいと思ったのです。「失血死」と末期がんとは何も関係がないのです。医師は、甲状腺がんを治療しなかったことを不思議に思っています。それは、甲状腺がんを6ケ月単位しか見てこなかったのです。病院は、患者を増やす拡大再生産をしているとしか思えないのです。わたしの家族も、年内をどうか生きるように医師に働きかけています。わたしは、医師と家族に健康な生活を送りたいと言っています。健康な生活とは、早寝早起き、頭寒足熱、運動と体操等をやることです。一般の人は、半病人みたいに、健康と病人の中間を歩いています。飲み過ぎ、寝不足はその最たるものです。わたしは健康な生活を送りたいのです。それからわたしは、これから起こる10年間を楽しみにしているのです。これから10年間で世界と日本に大変動を起こします。それがどう推移するかをこの眼で見たいのです。(つづく)


| 病気 | 11:14 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1543)

今回は、「マエカワはなぜ『跳ぶ』のか」著者 前川正雄氏です。2011年発行です。 前川正雄氏は、前川製作所の前社長です。前川製作所は、冷凍、超電導、ロボット等の第一級のハイテク企業です。定年がないという独特の経営スタイルで次々と新しい独自の商品を生み出しています。 「最近つくづく感じるのは二0世紀と二一世紀の不連続性だ。特に二一世紀に入ってからの先進国における政治と経済の混迷については、不連続性という言葉を持ち出す以外に説明の手立てがない。恐ろしいことに、全世界で、この不連続性がどんどん進行している。」 「原因を政治について考えてみると、二0世紀の政治が成立していた場所と、現在の場所が全然別のものになってしまった・・・・・・・」 「経済についてもまったく同じことがいえる。GDPや経済成長率に意味がなくなったとまでは思わないが、こうした数値を中心に議論をしている時代はとっくに過ぎ去った。マクロ経済と現実の経済がどんどん離れていってしまったからである」 「生物」を考えると、環境変化にうまく対応し、生き続けていくことは生物の本能です。生物と同じように、企業も環境の変化に合わせて、生きて行く場所(業界)を変え、場所の変化にあわせ、自分たちの商品を自在に変え、オリジナルな商品作りを狙っていきます。”跳ぶ”というのは今いる場所(業界)を変えるために、新しい独自の商品を生み出し目的の場所に移動するというような感じです。生物は生きるために食べますが、それは理屈であり実際は食べたいから食べるのです。企業においても、生きるために「跳ぶ」ことが必要ですが実際は”跳びたいから跳ぶ”べきです。生物と同様に企業も「跳ぶ」ときに棲み分けが必要です。跳んだ先の場所に、強い生物が住んでいると生きていけません。マエカワの商品である冷凍機は「冷やす」ための機械。これがモノです。でも、冷凍機は食品を美味しく保つためにあります。これがコトです。モノではなくコトを考えることが重要です。                        崢靴屐廖畩貊蠅諒儔修砲△錣察⊆分たちの商品を自在に変え、オリジナルなモノを狙う。「跳ぶプロセス」=環境の変化に敏感になる 環境の変化をチームで共有する。 L魍篳担、教育 ぜ分たちをうまく変える。「跳ぶ」開発=マルチ型の高度な専門家集団で行わなくてはならない。社員が跳んで成長するのは、場所を移動しながら仕事を身につける過程においてである。自ら変わることを躊躇すると、疲弊する価格競争に陥ってしまう。ものを見分け、判断するというように、人の知能が関係する作業や、人の手だけで力が及ばない作業に、ニーズの源泉がある。コンポーネント開発とシステム開発を同時に進める=同時に進めないと場所的開発にならない。製造業は、21世紀の新しい場所が要求する付加価値の高いものつくりで生き残る以外に道はない。                                             わたし(横田)は、前川正雄さんが「(21世紀が)企業も環境の変化に合わせて、生きて行く場所(業界)を変え、場所の変化にあわせ、自分たちの商品を自在に変え、オリジナルな商品作り」をしていくという意見に大賛成です。わたしが今までの経営者を見ていると、これと正反対のことをやっているのです。20世紀型企業から21世紀型企業に大転換をはからなければ継続していくことはできないと言っているのに、経営者は20世紀型を未だに一生懸命やっているのです。ところがもう、すっかり遅いのです。時代は21世紀型に変わっているのです。これまで業界に必死になって合わせてきたのにもかかわらず、とうとう20世紀型企業は終わりです。企業は時代の変化に合わせて、業界を変えるところまでやりきらないと終焉を迎えるのです。イケイケどんどん型は、40年前高度成長期に流行りました。それを自分の会社だけが未だに高度成長期にあると思っている経営者は、もうあと3年経てば21世紀の実体をありのまま見ることができます。    わたしは、しばらく休養させていただきたく思います。1ケ月以内にはまた続けたいと思っています。

| 経済 | 06:12 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1542)
今回は、数々の国民的名作を遺し、昨年7月に逝去した永六輔さん(享年83)です。一周忌を控え、様々な追悼イベントやテレビ番組が予定されている。ところが、「永六輔って何者!?」と疑問を唱え、その足跡を追い続けている若者がいる。永さんの孫で、東京大学在学中の永拓実さん(20歳)だ。 ■永拓実(えい・たくみ):1996年、東京都生まれ。東京大学在学中。國學院久我山高校時代は、名門のバスケットボール部に所属し、スポーツに明け暮れる。大学では学業に励む傍ら、国内や海外を一人旅するなどして地域文化に触れ、2016年、インドでの異文化体験をまとめた作品がJTB交流文化賞最優秀賞を受賞。母は元フジテレビアナウンサーの永麻理。今年、『大遺言〜祖父・永六輔の今を生きる36の言葉〜』を出版した。                                                                                                                               拓実さんが語る。 「祖父は著書だけでも200冊以上の作品を残しましたが、僕たち家族には、直接、何の教えも残さないまま逝ってしまいました。家庭では他愛のない話ばかりしていたうえ 僕たちは本名で『タカオ(孝雄)くん』と呼んでいた。幼い頃から『永六輔さんって、どんなところがすごいの?』とたびたび聞かれてきましたが、本当に何も答えられませんでした」 晩年は、パーキンソン病や前立腺がんなど長い闘病生活を続けていた永六輔さん。拓実さんは、亡くなる2年ほど前から漠然と、「死期が近いのではないか」と焦り始め、偉大とされる祖父のもとに足繁く通ったという。何らかの教えや学びを直接、得るためだった。 「ニュース番組を一緒に見ながら様々な話題を振りました。本質的かつ哲学的な議論をするためです。しかし、何を振っても豆知識ばかり披露して、笑って終わり。心に残るようなことは何も言ってくれません。正直、疑いました。世間はすごい人だと言うけど、本当は時代の流れでたまたまうまくいっただけなんじゃないか、と」 ついには本質的な議論を諦めた拓実さん。しかし、永さんが亡くなると、世間の反応は尋常ではなかった。テレビや新聞で「戦後の日本文化をリード」「昭和を代表する偉人」などと連日報道され、通学で通る渋谷のスクランブル交差点の大型ビジョンにも、祖父の顔が映し出された。さらに、都内で開かれた「お別れの会」では衝撃的な出会いにも遭遇する。 「参列者の中に激しく泣いている若い女性を発見しました。気になって聞いてみると、自殺を考え、富士山麓に行ったんだけど、永六輔の明るい声をラジオで聞いて、思いとどまったそうです。しかも、その場で番組宛に出したハガキにはすぐに祖父から返事がきて、その後も祖父のラジオを楽しみに生きてきたのだ、と」 女性は「永六輔さんから人生のすべてを学んだといっても過言ではない」と、話を締めくくった。これを聞いた拓実さんは、再度、意を決する。「永六輔はやっぱりすごい人。しかも人の命を救うほどに。祖父のことをもっと知らなくてはいけない」と。 その後、拓実さんは永さんとの記憶を辿り、100冊近くの著書と、書斎に遺されていた手帳やノート、メモなどを読み漁り、そのうえで親交の深かった人々を約30人、訪ね歩いた。 永さんの活躍は、テレビやラジオ、作詞、執筆など多岐にわたり、作詞では『上を向いて歩こう』『見上げたごらん夜の星を』『こんにちは赤ちゃん』、著書では『大往生』など、世代を超え、今も歌い、読み継がれている作品も多い。しかし、一番大切にしていたのは「言葉」だったという。 「『言葉の職人』とも称されていた祖父ですが、間違いなく一番こだわっていたのは『言葉』です。取材をすればするほど、言葉に関する証言がたくさん得られましたし、親友の黒柳徹子さんも『永さんの活躍は多岐にわたるけど、常に根底にあるのは言葉だったと思う。永さんの言葉をいつまでも大事にして生きていきたい』とおっしゃっていました」 永さんの言葉によって、人生に大きな影響を受けたのは前述の若い女性だけではない。黒柳徹子、久米宏、タモリ、ピーコ、さだまさし、清水ミチコなど、多数の著名人にも影響を与えていた。実は、拓実さん自身も、永さんの言葉を実践することで、人生が激変した一人だ。 「取材の中で見つけた祖父の言葉に『無駄なことは何もない。無駄にする人がいるだけだ』というのがあります。僕は高校時代、バスケットの全国大会の常連校で部活に明け暮れましたが、怪我で一線を退かざるを得なくなった。その後、半ば自暴自棄に陥り、何もしない日々を過ごしていた。しかし、何もしない自分の愚かさに気づき、その後は部活ができない鬱憤を勉強にぶつけ、東大にも合格できました」                                                          わたし(横田)は、永拓実さんの『大遺言〜祖父・永六輔の今を生きる36の言葉〜』を読みました。 永六輔さんの残した言葉です。 崔亮韻僕住擦呂からない」◆崋犬辰討れる人を探す」「人間関係に順位をつけない」➃「人間は今が一番若い」ァ崟犬ているだけで面白い」Α嵎垢は話すより難しい」А崗个Δ海箸鷲雋錣砲覆襦廰─嵶場や肩書きを裏切れ」・・・ わたしも、永六輔さんが一番こだわっていたのは「言葉」だと思います。なかでも、「人間関係に順位をつけない」は、永六輔さんに手紙をくれた人たちに「葉書」で「その人に勇気を与える言葉」を発していたのです。それは、「人間関係に順位をつけない」を実行していたのです。「立場や肩書き」を全くフリーにしたのです。永六輔さんは、本当に立派です。                                                                                          
| 経済 | 05:53 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1541)
今回は、矢作直樹さんです。 矢作直樹(やはぎ・なおき)1956年、神奈川県生まれ。金沢大医学部卒。麻酔科、救急・集中治療、外科、内科など経験し、2001年から、東大医学部救急医学分野教授、同大病院救急部・集中治療部長。著書に「人は死なない」(バジリコ)など。                                                     ――2011年9月に「人は死なない」というタイトルの著書を出版し、その後、気功や超常現象の専門家との対談本まで出されましたね。                                        「最初の本は、知人の作家の出版記念会で出会った出版社社長に、個人的な関心から調べたり、考えたりしていたことを話したら『面白い。本にしたい』と勧められたのがきっかけです。タイトルは、<肉体は滅んでも霊魂は残る>という意味です。様々な霊的な現象や研究を紹介しているのでキワモノに思われそうですが、日本人古来の死生観からすれば、そんなに理解できない内容ではないと思います」                                                     ――医師としての仕事とは関係があるのですか。                                                  「最近、人はいつか死ぬという当然のことを忘れているように見受けられる患者さんやご家族が増えました。病院に来れば治ると思い込み、いざ死に直面するとあわててしまう。いくら医療が進歩しても死は避けられないのです。生と死についてもっと深く考えて、豊かで幸せな人生を送ってほしい。医療はサービス業の面もありますから、とにかく患者さんやご家族に少しでも満足してもらえたらと思います。それが執筆の大きな動機です」                                                                    ――なぜ死や霊に強い関心を持つようになったのですか。                                            「何度か、死を覚悟した経験が大きいです。小学校3年生の時に車にはねられて、病院のベッドで医師と母親の会話を聞きながら『死ぬんだ』と思いました。幸い助かりましたが、以来、死がとても身近なものになりました」 「大学では単独登山に熱中し、冬山で大きな事故を2回経験しました。最初の墜落事故では、落ち始めた瞬間に死ぬと思いました。奇跡的に助かったのに懲りず、同じ年、また冬山で滑落しました。その時も助かって下山した後、どこからか『もう山に来るな』という声が聞こえたのです。以来、ぱったりと登山をやめました。あの声は単なる幻聴だったとは思えないのです」                                                                 ――医療現場でも不思議な経験はありますか。                                                 「治療がうまくいったはずの患者さんが急変して亡くなったり、逆に助からないはずの患者さんが回復したり、現代医学で説明できないことは多くあります」 「いわゆる臨死体験を患者の口から聞くこともあります。光を見た体験などを語るのです。脳内ホルモンの作用で説明されることがありますが、それだけで説明し切れない場合もあります」 「代替医療としての気功に関心を持ち、講習に参加したことがあります。物理法則では説明がつかない力があることに衝撃を受けました」 「科学は現象のメカニズムは説明しますが、例えば、なぜ宇宙があるのか、という根源的な問いには答えません。この世界は神秘に満ち、人が知りうる部分はわずかです。欧米では著名な科学者が心霊研究に取り組んできた歴史がありますし、今も代替医療などへの関心は高いのですが、日本は明治時代に古来の思想を捨ててしまいました」                                                ――もっと宗教を大事にすべきということですか。                                               「特定の神様を信じる必要はありません。人知を超えた大きな力の存在を意識すればいいのです。それを宗教では神と呼びますが、私はそれを『摂理』と呼んでいます。日本人はよく無宗教だと言われますが、古来、森羅万象に神々の存在を感じ、死者の霊の存在も信じてきました。そうしたすばらしい感性は、今でも残っていると思います」 「摂理によって人は生かされており、肉体は滅んでも霊魂は永遠である。亡くなった人の霊に、いつも自分は見守られている。そのように考えれば、生きている限りは感謝の気持ちを持って生きられ、死に直面してもあわてずに済むのではないでしょうか」 「危険な宗教には近寄ってはいけません。見分けるのは簡単です。心身を追いつめる、金品を要求する、本人の自由意志に干渉する、他者や他の宗教をけなす、そんな宗教は危険です」                                                     わたし(横田)は、矢作直樹さんの言うことに賛成です。わたしは、20年前に立花隆の本「臨死体験」を読みました。その時、立花隆の「唯物主義の枠から出ようとしない」考え方に疑問を持ちました。当時、立花隆の科学者と唯物主義は、同一と見なされてきたのです。わたしは、「止揚」で解決を図れないかと考えました。「唯物主義」と「唯心主義」の止揚を考えました。そうすると、「この世」と「あの世」を一元的に捉えることができます。それは「宇宙」と「大宇宙」の考え方と同じです。立花隆も「死を迎えてあの世に行けば」この世とあの世は一元的だったと考えるはずです。最近のネットで、矢作直樹さんの「肉体は滅んでも霊魂は永遠である」という考え方は、若い人々にとって「当たり前」になりつつあります。
| 経済 | 05:52 | comments(0) | - |
横田眞の脳梗塞・甲状腺がんを克服して神通力が宿った・・・(1540)
今回は、マスメディアで有名になった落合陽一さんです。落合陽一さんは、現在29歳です。落合さんは人工知能のDeep Learningの研究、アーティスト、先端ビジネスの社長、筑波大学学長補佐をやっています。                                          落合陽一(おちあいよういち) 1987年生まれの29歳。メディアアーティスト。開成高校を経て筑波大でメディア芸術を学んだ後、東京大学学際情報学府博士課程を学際情報学府初の短縮修了(飛び級)して博士号を取得。2015年5月より筑波大学助教・デジタルネイチャー研究室を主宰し、Pixie Dust Technologies.incを起業しCEOとして勤務している。父親は、国際政治ジャーナリストの落合信彦です。2017年より筑波大学学長補佐、大阪芸術大学客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授を兼務。                                                                                                  ◇◇落合陽一のライバルはエジソン!? 「現代の魔法使い」の頭の中◇◇  5月20日(土)、落合陽一氏による講演会「魔法の世紀を生きる子供たちへ」が秋葉原にて開催された。この講演は、株式会社UEIが手がける秋葉原プログラミング教室が主催し、子どもたちだけでなく一般にも解放したもので、これからを生きる子どもたちに向けて、メディアアーティストの落合氏がメッセージを送った。 落合氏といえば、研究者、筑波大学学長補佐、またPixie Dust Technologies.IncのCEOである。「現代の魔法使い」とも呼ばれ、最近はテレビなどに出演し、そのたくさんの肩書きや見た目がミステリアスだ。彼は一体何者なのか、疑問に思われている方も多いだろう。今回の講演では、そんな彼の頭の中を覗けるような、興味深い考え方を聞くことができた。落合氏の研究分野であるプログラミングや表現だけでなく、これからの生き方・働き方にまで触れられ、大人が聞いても参考になる非常に充実した内容となった。今回は、この講演の中から特に面白かった部分を選んでお届けする。                                                               ◇◇みんなで同じことをしていてもしょうがない時代になってきた◇◇ こんにちは、落合陽一です。僕は29歳なので、いま10歳の人はあと19年するといまの僕と同い年になりますね。最近、僕も子供が生まれたのですが、その子が10歳になる頃には、僕は40歳になるんだなぁと思っています。僕は、ふだんは大学の先生、自分の会社の経営、そして、メディアアーティストをしています。それ以外は世界経済フォーラムとか東京都とか大学運営とかに関わりながら、次の時代を探っています。 僕が最近にテーマにしているのは、人類にとっての「近代」と「現代」を終わらせるためにどうやって技術インフラを作れるのか。ちょっとお子さんには難しいと思うんですが。今日はその話をしていこうと思います。 まず、何の話から始めようかな。制服って何のために着ていると思う? 「着ろ」って言われているから? 僕らが制服を着始めたのって、結構昔なんですね。例えばこの写真は明治時代くらいの、教育勅語が発令された頃の風景なんですけど、この頃から日本の小学校って前習え、気をつけをして、机で同じ教科書を持って勉強するってスタイルになっています。 確かに、制服がみんなばらばらだったら統一感がないじゃん。変な服を着たら同じ服を着ている人たちからいろいろ言われるじゃん。もしかしたら普通の服を着るより安いかもしれない。全員同じ服をたくさん作ったら安いから。でもこの理屈って、軍隊教育にきわめて近くって、なぜかというと、近代では日本の国を強くしなきゃいけなかったから。全員で同じ目標に向かって、全員で同じことをして、全員で同じ教科書を読んで、全員で同じ言葉を喋って、全員で同じ時間割で行動するっていうのがものすごく大切だったんですね。そうすると何ができるかって言うと、日本が工業化していくときに、みんなで同じものが作れるようになる。工業製品が、お店で買ってきて全部バラバラな形してたら困るよね。たとえば、Mac買ってきてディスプレイが最初から動かなかったら困るじゃん。そんな風に、近代では全部の品質を保つというのがすごく大切なことだった。たとえば車とかiPhoneとか、20世紀の感覚の中では最高傑作だとは思うんだけど、僕らの時代ではもっと違うことをしていかないといけないんじゃないかなって僕は思っています。つまり、決まりきった工業製品みたいな人を作っても、それはコンピューターの方が得意なので、人間の出る幕はないなと僕は思っているわけです。つまり、みんなで同じことをしていてもしょうがない時代になってきたなあと僕は思っています。 でも、ちょっと考えてみようと。なんでみんな朝同じ時間に学校に行かないといけないと思いますか? 学校って8時45分くらいに始まると思うんだけど、僕らが時間を決めて行動し始めたのって、今はみんなあたりまえに思っているんだけど、実は1700年代の終わりくらいから1800年くらいからなんですよね。それよりも前の人たちって、業界によって何時に起きても良いし、1年の分け方も違ってたりしたんだけど、昔マルクスっていうドイツの偉い人がいまして、その人が人間の生産活動を時間で決めると良いよって言ったんですね。それから僕たちはみんな腕時計をつけて時間に間に合うように行動したりとか、待ち合わせには遅れないのが普通だよって教えるようになりました。だから近代って時間でコントロールしてたんだけど、今では地球の裏側と仕事してる人にとっては時間って関係なかったりするし、みんな同じ時間に学校に行かなくても、頭いい子は午前中に授業終わっちゃっても良いと思わない? 本当は。僕はカリキュラムにそって同じ時間で行動する必要はないと思うんだけど。そういったような、みなさんが学校で習っていることって、今後全く当たり前じゃなくなっていくと思います。こういうことを今知っていると楽しいかなと思って、今日この講演を企画してもらいました。                                                      ◇◇バラバラのようなんだけど、でも全部やっているのはコンピューターをプログラミングすること◇◇ 僕自体は、普段は研究者をしています。何の研究をしているかというと、俗にいうとAIとか、コンピューターサイエンスの研究をしています。たとえば、レーザーで空間に絵を描く研究とかをしています。空気を直接光らせて空中に絵を描く研究なんですが、どうやっているかっていうと、レーザーを使って、空中に光を直接描くっていう。仕組みは非常に単純で、プラズマなんですね。あと最近やっている研究っていうと、これは赤いところだけ音がでるスピーカーとか。そういう研究をしています。                                          ◇◇外出先ではホロレンズをつけて仕事をすることもある◇◇ これらを会社で作って売ったりとか、研究室で研究したりとか、日本や海外で発表したりとか、そういうことをしています。僕らが得意にしていることは何かっていうと、そういう物質自体、モノとか光とかを、コンピューターを使ってプログラミングしていくことです。だから3Dプリンターでモノを作って、その構造がどうやって変形するのか、動くのか、っていうのをCGで設計して、コンピューターのプログラムに入れて、出てきたものを動かす、ということをしています。こんなことばっかり研究していて、3Dプリンターがいっぱいあったりとか、レーザーを打つ装置があったりとかします。全然バラバラのようなんだけど、でも全部やっているのは「コンピューターを使って人間には設計できないことをプログラミングする」っていうのが僕らの仕事です。プログラミングって言ったらだいたいプログラミングとかiPhoneのアプリを作ったりとか、画面にCGの映像を作ったりを思いつくと思うんだけど、それと同じ理屈で、どうやったら僕らが生きているこの世界にCGっぽいものを作ったり、形あるものを作れるか、って言う研究をしています。だから、やってることはすごい単純なんですよね。入出力の体験価値を見ながらソフトウェアの問題を解いているんです。                                                                  ◇◇ライバルはエジソン◇◇ 僕がライバル視している人がいて、ぜひ紹介したいんですけど、この人です。知ってます? この人。トーマスエジソンです。いっぱい発明した人ですね。この人言っていることがめちゃくちゃでおもしろいんですが、たとえばこの人、映像装置は一人一個持つべきだって言っているんですね。エジソンはキネトスコープという覗き込んで映像を見る装置を作って、一方でリュミエール兄弟という兄弟がプロジェクターを作りました。プロジェクターはみんなで映像を見る装置で、キネトスコープは1人ずつ映像を見る装置です。どっちが当時売れたと思いますか? 当時、世界的にプロジェクターが普及しました。だけど、今我々が生きている世界ってスマホを持っているじゃないですか。つまり、1人1個映像装置を持っているんですね。エジソンの言ったことは、彼が生きていた時代にはコスト面で普及しなかったのですが、今は実現しているわけです。 エジソンが言った面白いことは他にもあって、音楽は体験するものであって、蓄音機は他の用途で使うべきだ、例えば音声コミュニケーションとも言っています。蓄音機で音楽を聴いたエジソンは、音楽は生で聴いた方が良いよ、こんなもので聞くべきじゃないって言ったんですが、結局CDが流行ったわけじゃないですか。でも今スマホで音楽を聴くよりコミュニケーションをしていますよね。これも正しい見方だったと思うんですね。                                       ◇◇ライバルはエジソン 人工知能で笑ってもらったエジソン◇◇ 極めつけは、エジソンは最初電気は直流でいこうと言っていて、もう一人テスラという人がいて交流がいいじゃんって言っていたんです。交流の方が遠くまで電圧を下げずに送れるんだけど、直流は直流で変換しなくていいから便利だと。コンセントって交流なんですけど、僕らが使っているものって、熱が発生するものとモーターで動いているもの以外は、だいたい直流で動いているんです。USBもそうだし、パソコンもそうだし、液晶もそうだし、そこにあるプロジェクターもそうだし、僕らは直流の世界で生きているんです。イメージしてもらうと、おうちのコンセントが全部USBだったらiPhone充電するの楽じゃん? でも、もし山奥でUSBしかなかったら家電とか動かないよね。だから、僕らが普段使っている冷蔵庫とか洗濯機には交流が便利なんだけど、それ以上の情報で使っているようなものってほとんど直流で動いている。だから、インフラとしては交流が便利なんだけど、それ以上は直流の世界になっていくのは目に見えていることで、エジソンはそれをわかってたんじゃないかなって思うんです。                                            ◇◇エジソンはメディアアーティストなんじゃないかなって思っています◇◇ エジソンは発明家って言われているんですけど、僕はメディアアーティストなんじゃないかなって思っています。エジソンが作ったものって、最初大幅にはずしているんですよ。覗き込む映像装置も誰も使ってなかったし。でも、エジソンが最初に作るからエジソンすげー!ってみんな思うわけです。エジソンの時代はコンピューターがなかったので、どうやったら電気から直接見えるものを作れるかっていうのが仕事で、僕らの時代は、どうやったらコンピューターを使ってエジソンがやったことをもっと新しい観点でやるかっていうのが大事なんだと思います。                                              ◇◇Googleがない世界では算数はできないかもしれないけど、Googleがある世界では算数ができるんだから、劣等感を持つ必要はない◇◇ エジソンとフォードができたことを今やってもしょうがない。 フォードって知ってますか? エジソンとフォードは仲が良くて、フォードはエジソン電気会社に入社してきた社員なんですね。彼はそのあと自動車を発明します。この自動車は多分世界で1番売れた車の一つです。フォードのなにがすごいかというと、全く同じものを工場で並べて作るっていうことを普通にした人です。僕らがイメージする工場は、部品が並べられていて、歯車をつけて…というものですよね。そしてエジソンがその考え方で電化製品を作った人です。初めて自動車を作った人と初めて電化製品を作った人は友だちだったんですね。他にも、この2人は最初に電気自動車を作りました。時速40キロで100キロ走る良い車を作ったんだけど、エジソンだったらこのまま商業化して大失敗するのがいつものパターンなんですけど、フォードは感覚が良いので、「エジソンさんバッテリーを作るのがとてつもなく大変です、やめましょう」っていうことで実用しなかったんですね。だけど100年たったいま、あらゆる電気自動車メーカーができていて、100年前にできなかったことが割とできるようになったんですね。半分はコンピューターのおかげで、半分はいろんな技術のおかげです。 だから、この時代にできたことを今やってもしょうがないと思うんですよね。工場でみんなで並んで同じものを作ることって、みんなで同じことをやっていた時代の人には合っていたと思うんですね。みんなで同じやり方をしていたら、バラバラな形のものはできないから。なんだけど、今ってもうそういう時代じゃなくて、みんなばらばらでどうやって生きていくかって時代だと思います。 みんな多分あと10年くらいしたら、学校でせーのって授業を聞く必要はなくなると思うんだよね。あと、試験でもスマホを持ち込めるようになると思うんです。僕は大学の先生なので、いつもどうやったらスマホを持ち込んでテストできるかって考えています。だって、インターネット使ったことない小学生いますか? Google使ったことない小学生、いないですよね。Google検索できない場所に缶詰にされて問題を解くっておかしくないですか? わからなかったらググれよ、って。今はインターネットがあるのに、わざわざインターネットのない世界でテストをするっておかしいですよ。それでわかる能力って、僕はインターネットのない世界では正解が答えられますっていうことじゃん。実際インターネットがある世界では誰でも解ける問題なら、それって意味ないなって思うんですよ。たぶん、将来の僕らってものの解き方を変えていかなきゃ行けないんだろうなって思っています。 テストの時、Googleがない世界では算数はできないかもしれないけど、Googleがある世界では算数ができるんだから、劣等感を持つ必要はないよね。逆上がりができなくても、身体にロボットがついていない世界ではできないけど、ロボットがついていれば逆上がりができるんだから、問題ない。たとえば僕はスクーターに乗っていれば100メートル10秒以下で走れるわけですが、スクーターのない世界ではできないわけです。でもそれはずるじゃなくてパラメーターの問題ですよ。だからあんまり人と自分を比べてもしょうがないので、比べるものはテクノロジーで解決する世界になれば良いなって思います。                                                         ◇◇テクノロジーが発展したら、健常者も障がい者も区別はないし、人と機械も違いはないし、男だろうが女だろうが関係ない◇◇ コンピューターがあると、いろんな人たちが出てくる。 みんなに覚えてほしい重要なことがあって、今僕らが標準って言っている人間って、昔の人が人間とは何かというのを考えて、その上で法律を決めてつくったものが多いです。男女を平等にしようって言っているのも、標準的な人間とは何かを考えたから男女の違いが生まれたし、機械と人間の差を考えたから、機械がやれば良い仕事を人間がしていたりするし、健常者というものを定めたから障がい者というものが生まれたと思うんです。僕らの時代はここはもっとハイブリッドになっているので、あんまり関係ないんですよね。だって肌の色が何色かって関係ないわけじゃないですか。ポケモンGOだって肌の色を選べたりするわけです。腕がなくたって3Dプリンターで作って動けば何ら関係ないわけです。コンピューターがあると、いろんな人たちが出てくるわけです。それは今までできなかったからいなかっただけで、テクノロジーが発展したら、健常者も障がい者も区別はないし、人と機械も違いはないし、男だろうが女だろうが関係ないわけです。その違いは200年以上前の人が決めたことで、今もこれを守る必要ってないんです。そういうことが当たり前だと思わない大人になってほしいなって僕は思います。 最近は自動で動く車いすの研究をしています。後ろで車いすを押す人って要らないと思うんですよね。その位置に360°カメラが合って周りの環境を認識すれば、自動運転できるわけです。そうすれば車いすに乗っている人は自分で自由に動けるようになる。もしお店で買い物するときは、ヘルパーさんがVRモードとかで入って、おつりください、って人間がやって、それ以外のほとんどのことは機械が自動運転で動かすことができるんです。 他にも、今、日本は高齢化社会って言われてるんだけど、きっとポジティブになると思うんだよね。少子高齢化ってみんな言ってるでしょ? 少子高齢化って、だいたいみんなでおじいちゃんたちを支えようっていうイメージですよね。                                                             ◇◇高齢化社会は、きっとポジティブになる◇◇ でも今僕たちがとるべき少子高齢化の形は、おじいちゃんたちはいっぱいいるけど、支えるのはロボットや人工知能に任せて、僕たちは好き勝手やってっていう世界です。もしかしたらおじいちゃんおばあちゃんも、ただ支えられるんじゃなくて、頭にホロレンズつけたり、自動車いすに乗ったりして、自由に動いてる世界にもなるかもしれない。そのような世界を作るために、どのような装置を作るかって言うのが重要だと思います。                                     ◇◇ワークアズライフ◇◇ 大人になると、ワークライフバランスが大事だって言われます。どういう意味かって言うと、よいワークがよいライフを生み出して、よいライフがよいワークを生み出すってよく言うんですね。僕はこれ、嘘っぱちだと思っています。僕は最近、ワークアズライフだと思っています。どういう意味かって言うと、みんなはもうタイムマネージメントの時代じゃないと思うんですよ。何が楽しくて何が楽しくないか、何がストレスで何がストレスじゃないかって時代に生きていくんだと思います。時間割に従うことなく、みんな同じことをやらなくても、みんなばらばらのことをやれる時代だと思います。20世紀までの標準化の時代、何が標準かって言うのを考えている時代だったと思うのですが、僕らの時代はどういうパラメーターがあなたにありますかっていう時代になると思うんです。時間でコントロールするんじゃなくて、どこがストレスでどこがストレスじゃないかっていうのが重要になります。                                                         ◇◇ワークライフバランスではなく、ワークアズライフ◇◇ それってどういうことかって言うと、全員にプログラミングをやれって言っているわけではないんです。その人にとってストレスがかかることはやらないほうがいいっていうだけです。でも、ストレスがちょっとかかることをどれだけ混ぜていくかということによって、全部ストレスがない状態になるとあんまり発達しないので。10%くらいはストレスがかかることで、90%くらいはストレスがかからない環境をつくることが、これから伸びるために大切なことだと思います。僕は1日19時間研究していてもストレスでないので全然苦じゃないです。だけど、Excelは10分で嫌になります。なのでExcelには触らないようにしています。学校でExcelの書類が来たら絶対に書きません(笑)。あと僕はeメールが嫌いなので打ちません。電話の方が好きなので。ストレスのかかるeメールより、電話の方が早くてストレスがかかりません。 人によって全然違う生き方があって、社会や会社でいきなり変われるかっていうと、急に変わるとぐちゃぐちゃになるのできっと難しいと思います。だけど、人によって違うツールを使ったり違う生き方をしたりしても、それを吸収できるように、我々がコンピューターを今発達させている途中です。そんなふうに10年後にはできるようになっていると僕は思っています。                                                                 わたし(横田)は、落合陽一さんの言っていることに大賛成です。200年前からの標準化を徹底的に壊す。守られてきた集団時間を自由にする。集団の決まりではなく、個人個人がやりたいことをやる。大量生産大量消費ではなく、個人が一品ごとに生産消費をする。これが、21世紀の世界だと思います。それが、もうあと10年後にやってくるのです。情報系の会社では、社員は背広ネクタイがもうなくなっています。「これまで標準とされてきたものを、どのように壊していくか」 それには多様性が重要になってきます。本当に、現在進行形で世界中でものすごい「革命」の移行期なのです。「恐慌」は、「革命」の一部に過ぎないのです。世界中の金融経済・政治が壊れかけています。いままでの政治・経済が跡形もなく消えていこうとしています。それを落合陽一さんは新しいテクノロジーで21世紀を試みているのです。
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